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ゼレンスキーもトランプもEUも降りられない — ウクライナ&西側が止まれない理由(4部作・第3回)

国際

← 第2作「ロシアが降りられない理由」を読む

前回(第2作)で、ロシア側の構造的拘束を解剖した。
後継者3人は全員「戦争継続」派であり、プーチンが去っても方向は変わらない。

では鏡のもう片面——ウクライナと西側はどうか。

結論から言えば、こちらも同じだ。
ゼレンスキーは領土を譲れない。ザルジニーはもっと譲れない。トランプは解決する気がない。EUは降りたらバルト三国が次だと知っている。
そして軍需産業は、この戦争が続く限り史上最高益を更新し続ける。

全員が「降りたい」と思っているかもしれない。しかし全員が「降りられない」構造の中にいる
ロシアと完全に対称な、もう一つの檻だ。


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🪞 ゼレンスキー vs ザルジニー — ウクライナの「もう一つの対称性」

第1作で触れた「後継者の方が強硬」という構造は、ウクライナ側にも存在する。
しかしロシアとは質が違う。ロシアの後継者争いは権力維持ゲームだが、
ウクライナのそれは民主主義の中で起きている

まず数字を見よう。

ZALUZHNY
76%
「大統領にふさわしい」
ZELENSKY
65%
「大統領にふさわしい」

出典:KIIS(キーウ国際社会学研究所)2024年10月調査。「あなたが最も信頼する政治家・軍人は誰か」への回答

ザルジニーは2024年2月に総司令官を解任され、駐英大使に「昇格」という名の左遷を受けた。
にもかかわらず、彼の支持率はゼレンスキーを上回り続けている。

この数字が意味するものは深刻だ。
ゼレンスキーが「和平のために領土を譲る」と言った瞬間、ザルジニーが「それは国家の裏切りだ」と言えるポジションにいる
そしてウクライナ国民の過半数が、ザルジニーの側につく可能性がある。

ZELENSKY — 「国民の僕」から「降りられない大統領」へ

ヴォロディミル・ゼレンスキー(48)— ウクライナ大統領

ゼレンスキーを語るには、2015年のテレビドラマ『国民の僕(Слуга народу)』から始めなければならない。

高校の歴史教師ヴァシリー・ゴロボロジコが、腐敗した政治への怒りを教室でぶちまける。その動画がSNSで拡散され、何の組織も資金もない一般市民がウクライナ大統領に当選してしまう——というコメディだ。
ゼレンスキー自身が主演し、シーズン3まで制作された。

このドラマが描いたのは、「権力は国民に仕えるためにある」という素朴な理想だった。
オリガルヒの汚職にノーを突きつけ、大統領官邸の豪華な調度品を撤去し、自転車で通勤する。
ウクライナの視聴者はそこに、ポロシェンコ政権への疲弊と「こんな大統領がいたら」という願望を重ねた。

そして2019年、フィクションが現実を追い越した。
ゼレンスキーは得票率73%という圧勝で本物の大統領になった。
政党名すら「国民の僕」をそのまま使った。ドラマの脚本がそのまま選挙公約になったようなものだ。

あの頃のゼレンスキーは確かに輝いていた。
しかし2026年の今、彼が置かれている状況は、ドラマのどのエピソードにも書かれていなかったものだ。
フィクションと現実の落差を自分の目で確かめたい人は、DMMTVで全シーズン配信中だ。

大統領任期は2024年5月に切れている。
戒厳令下では選挙を実施できないという憲法規定に基づいて続投しているが、
この状態は「戦時指導者としての正統性」と「民主的正統性の不在」が同居する矛盾だ。
「国民の僕」を名乗った男が、国民の審判を受けられないまま権力の座にいる

彼にとって和平交渉は、二重の罠になる。

  • 領土を譲れば:ウクライナ憲法は「領土の一体性」を保障しており、クリミアや東部4州を放棄する国民投票には憲法改正が必要。事実上不可能
  • 戒厳令を解除すれば:大統領選挙が必要になり、ザルジニーとの直接対決に追い込まれる。勝てる保証はない
  • 現状維持すれば:「独裁者」というレッテルが国内外で強まり、西側の支援正当性が揺らぐ

つまりゼレンスキーは、戦争を続けている限り大統領でいられるが、戦争を終わらせると大統領でいられなくなる
ロシアの後継者問題と鏡像のような構造だ。

ZALUZHNY — 「沈黙の次期大統領」

ヴァレリー・ザルジニー(52)— 前ウクライナ軍総司令官・駐英大使

ザルジニーの強さは、彼が何も言わなくても支持されている点にある。

駐英大使として外交儀礼に徹しながら、彼の過去の発言は繰り返し引用される。
2023年11月のEconomist寄稿で彼はこう書いた——

「この戦争は膠着状態(stalemate)に入った。第一次世界大戦の塹壕戦と同じ構造だ」
——ザルジニー(The Economist、2023年11月)

この発言がゼレンスキーとの決裂の引き金になった。
ゼレンスキーは「膠着」という言葉を許さなかった。なぜなら膠着を認めれば「勝てない戦争」を認めることになり、西側の支援疲れを加速させるからだ。

しかしザルジニーの診断は、軍事的には正確だった。
そしてウクライナ国民の多くは、コメディアン出身の大統領より、実際に戦場で指揮を執った将軍の言葉を信じた。

ザルジニーは大統領選への出馬を明言していない。しかし明言していないこと自体が政治的武器になっている。
「出るかもしれない」という可能性だけで、ゼレンスキーの和平交渉の選択肢を制限しているのだ。


🃏 トランプの「24時間和平」— ポーカーテーブルの上の戦争

2024年の大統領選で、ドナルド・トランプは繰り返し宣言した。
「私が大統領になれば、24時間以内にこの戦争を終わらせる」。

2025年1月に就任してから、すでに1年以上が経過している。戦争は終わっていない。

なぜか。答えは単純だ。トランプにとって「戦争を終わらせる」ことは目的ではなく、交渉カードだからだ。

トランプの公約 現実(2026年4月時点)
「24時間で終わらせる」 就任から15ヶ月、具体的な和平案は一度も公表されていない
「プーチンとの電話1本で解決」 通話は複数回行われたが、プーチンは領土要求を一切下げていない
「ウクライナへの軍事支援は削減」 一部削減は実行したが、完全停止はしていない。議会の反発もあり段階的
「NATOは金を払え」 NATO加盟国の防衛費増額は加速中(後述)。結果的にトランプの圧力は「正しかった」面も
構造的な問題 「終わらせる」と「取引材料にする」は両立しない。戦争が終われば、トランプの交渉レバレッジも消える

トランプの思考回路を理解するカギは、彼の著書タイトルにある。
The Art of the Deal——「取引の技術」だ。

トランプにとって、ウクライナ戦争はポーカーテーブルの上のチップだ。
ロシアとの関係改善に使える。EUへの圧力に使える。国内の「強い大統領」イメージに使える。
解決してしまったら、これらのカードがすべて消える

さらに厄介なことに、トランプの「24時間和平」は具体的な中身を持たない。
領土をどう分割するのか、安全保障をどう担保するのか、NATO加盟問題をどうするのか——何一つ示されていない。
計画のない約束は、約束ではなくポジショントークだ。


🇪🇺 EU連帯のジレンマ — 「やめたらバルト三国が次」

EUのウクライナ支援を支えているのは、道義的信念だけではない。
地政学的恐怖だ。

「ウクライナで止めなければ、次はバルト三国だ。そしてNATO第5条が試される」
——EU外交筋の共通認識(複数メディアが報道)

この論理は単純だが強力だ。
もしロシアがウクライナで「勝つ」か「有利な形で凍結する」ことに成功すれば、
次の標的はNATO加盟国であるエストニア・ラトビア・リトアニアになりうる。
そうなればNATO第5条(集団的自衛権)が発動されるかどうかが問われ、もし発動しなければNATOは事実上終わる。

しかしEU内部の負担は均等ではない。

🇩🇪 ドイツ — エネルギー代の請求書
  • ロシア産ガス依存率:開戦前55% → 現在ほぼ0%
  • 代替LNG調達コスト:年間約200億ユーロ増
  • 産業界のエネルギーコスト:開戦前比で約2倍
  • GDP成長率:2023年 -0.3%、2024年 +0.2%(EU最低水準)
  • ウクライナ支援総額:約280億ユーロ(米国に次ぐ2位)
🇫🇷 フランス — 「連帯」のレトリック
  • マクロンは「地上軍派遣」に言及(2024年2月)→ 即座に撤回
  • フランスの対ウクライナ支援:ドイツの約1/3規模
  • エネルギー:原子力比率70%超のためガス依存の影響は限定的
  • 国内政治:極右RN(国民連合)が対ロ宥和姿勢
  • マクロンの支持率:20%台(EU首脳中最低水準)

ドイツは戦争の経済的代償を最も多く払っている。ノルドストリーム・パイプラインの破壊(2022年9月)は、ドイツのエネルギー安全保障を根底から覆した。
にもかかわらずドイツが支援を続けるのは、「ロシアの成功」がもたらす地政学的コストの方がさらに大きいという計算があるからだ。

フランスは言葉では強硬だが、実際の負担はドイツより軽い。
マクロンの「地上軍派遣」発言は国内外で波紋を呼んだが、具体的な行動には至っていない。
EUの連帯は、実態としては「ドイツが払い、フランスが語り、東欧が怯える」という非対称構造だ。

この非対称は持続可能ではない。しかし崩壊させることもできない。なぜなら、EU各国は「降りたら次は自分」という恐怖で繋がれているからだ。
連帯とは、信頼ではなく恐怖の共有だ。


📈 軍需産業ブーム — 戦争が終わらない方が儲かる人々

最後に、この戦争を「続けるインセンティブ」を持つもう一つのプレイヤーを見よう。
軍需産業だ。

誤解のないように先に言っておく。
軍需産業が「戦争を起こした」わけではない。しかし軍需産業は「戦争が終わらない構造」の受益者だ
陰謀論ではなく、構造経済学の話をしている。

KEY NUMBERS — 軍需産業と防衛支出の拡大
  • 世界の軍事支出(2024年):約2.44兆ドル — 史上最高額(SIPRI推計)
  • 欧州の防衛費増加率:2022年比で約+40%。NATO加盟国のGDP 2%達成国は31カ国中23カ国に増加
  • ラインメタル(独)売上高:2021年 56億ユーロ → 2025年予想 100億ユーロ超(約2倍)
  • ロッキード・マーティン(米)受注残高:約1,580億ドル(2024年末、史上最高)
  • BAEシステムズ(英)受注残高:約777億ポンド(2024年末、史上最高)
  • ロシアの軍事費対GDP比:約6%(2025年度予算ベース。連邦予算の約40%)

※ SIPRI Military Expenditure Database、各社 Annual Report、IMFデータを横断参照

これらの数字が示すのは、「平和の配当」の逆転現象だ。

冷戦終結後、世界は「平和の配当」(peace dividend)を享受した。軍事費を減らし、その分を社会保障やインフラに回せるという期待だ。
ウクライナ戦争は、この流れを完全に逆転させた。

欧州各国は今、30年ぶりの軍拡に走っている。
ドイツは「特別基金」として1,000億ユーロを防衛に計上した。フィンランドとスウェーデンがNATOに加盟した。
日本ですら防衛費をGDP 2%に引き上げる方針を決定した。

この軍拡の受益者は、明確に特定できる。ラインメタル、ロッキード・マーティン、BAEシステムズ、ノースロップ・グラマン、タレス——
これらの企業の株価は、2022年2月以降、軒並み2倍以上になっている。

問題は、軍需産業の拡大は「反転しにくい」ことだ。
工場を建て、労働者を雇い、10年単位の受注契約を結ぶ。一度この構造ができると、「もう敵はいないから縮小します」とは言えない。
冷戦終結後に欧米で起きた防衛産業の再編(統合・縮小)には10年以上かかった。

つまり、ウクライナ戦争が仮に明日終わっても、戦争が生み出した軍拡構造は10年以上残る
そしてその構造を維持するためには、「脅威」が必要だ。ロシアは、その脅威として最適な存在であり続ける。

陰謀論ではない。構造の帰結だ。


📅 次回予告 — シリーズ最終回

3回にわたって、「なぜ誰も降りられないのか」を解剖してきた。
ロシアは構造的に止められない。ウクライナも西側も、別の理由で止められない。

では、この戦争はどうやって終わるのか

最終回(第4作)は、歴史上の戦争の「終わり方」を検証し、ウクライナ戦争にナッシュ均衡の概念を適用する。
朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争、アフガニスタン戦争——4つの前例と比較し、「終わらせ方が設計されていない戦争」の行方を読む。

※ 本記事はKIIS(キーウ国際社会学研究所)、日本経済新聞、SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)、笹川平和財団、The Economist、各社Annual Report、IMF、NATO、欧州委員会の公開データを横断的に参照して構成しています。
主要ソース:
KIIS /
SIPRI Military Expenditure Database /
日経:小泉悠インタビュー /
笹川平和財団


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