2026年2月、ウクライナ戦争は4年目に入った。
この戦争について、日本のニュースで最もよく目にする言葉は「膠着」だろう。
戦線は大きく動かない、停戦交渉は進まない、どちらも決め手がない——そういう意味で使われる。
しかし「膠着」という言葉は、この戦争の本質を見誤らせる。
なぜなら、戦線が動かない間にも、毎日数百人が死んでいるからだ。
膠着とは静止ではない。動かないまま大量に消耗するという別の運動である。
そして本記事で最初に押さえてほしいのは、この戦争のもっとも恐ろしい構造的事実だ。
ロシアもウクライナも、現指導者より「後継者候補」の方が強硬路線だという、ほぼ完璧な対称性である。
プーチンが倒れてもメドベージェフが控える。ゼレンスキーが倒れてもザルジニー大将が控える。
どちらも現指導者より硬派で、どちらも「和平=敗北」だと公言している。
これが4部作シリーズの第1回、序章だ。今日はまず数字の話から始め、両国の後継者問題を素描する。
個別当事者の深掘りは第2〜4回で行う。
💀 数字で殴られる — 朝鮮戦争級の規模が欧州で進行中
まずは数字を整理する。ここで怯まずに読んでほしい。情報源ごとに幅があるので、最も信頼できる推計を並べる。
- 両軍の死傷・行方不明者:約180万人(時事通信、2026年2月)
- ロシア軍戦死者:27.5万〜32.5万人(米CSIS推計)
- ロシア軍戦死者(別推計):24.3万〜35.2万人(BBC・Meduza 共同調査)
- ウクライナ軍戦死者:4.6万〜10万人(政府発表+独立推計)
- ロシア軍総兵力:113.4万人(2025年初頭、開戦前の90万人から23万人増強)
- ロシア陸軍兵力:開戦前28万 → 約55万(ほぼ倍増)
- ロシアの囚人動員:14〜18万人(2024年11月時点)
※ 戦死者数は情報源により幅がある。本記事は最も信頼性の高い複数機関の推計値を併記する。
両軍の戦死者を合わせると、推計で40万〜46万人。この数字は、小泉悠氏(東大先端科学技術研究センター)も講演や著作で繰り返し言及している規模感だ。
負傷者・行方不明者を含めた総消耗は180万人規模。これは同時代の欧州で進行している戦争としては異常な数字だ。
比較しよう。
| 戦争 | 期間 | 規模感(死傷+不明) |
|---|---|---|
| 朝鮮戦争 | 3年(1950-53) | 約250万人(各軍合計) |
| ベトナム戦争 | 15年超(1960-75) | 約640万人(軍+民間) |
| イラク戦争(米軍主体) | 8年(2003-11) | 約50万人(各軍+民間) |
| ウクライナ戦争 | 4年目(2022-) | 約180万人(両軍死傷・不明) |
4年で180万人というペースは、朝鮮戦争と同等のスピードで消耗が進んでいることを意味する。
しかも戦線はほとんど動いていない。
つまり、「動かないまま大量に死ぬ」という新しい形式の大規模戦争が21世紀の欧州で進行しているのだ。
日本のニュースが使う「膠着」という言葉は、この現実を隠してしまう。
🪞 恐怖の対称性 — 両国とも「後継者の方が強硬」
この戦争を読むとき、日本のネットでよく見る前提がある。
「プーチンさえ倒れれば戦争は終わる」「ゼレンスキーが引っ込めば妥協できる」——。
これは、どちらも現実を見ていない。
この戦争の本当の恐ろしさは、ロシア側もウクライナ側も、現指導者より後継候補の方が強硬路線だという、ほぼ鏡写しの対称性にある。
両国で「現職がソフトランディングを模索する人物」で、「後継者が和平を敗北と呼ぶ人物」という構図が、偶然ではなく構造的に成立している。
| 陣営 | 現指導者 | 最有力後継候補 | 後継者の姿勢 |
|---|---|---|---|
| ロシア | プーチン(73) | メドベージェフ/ミシュスチン/キリエンコ | 全員が強硬派 or 占領地域統治責任者 |
| ウクライナ | ゼレンスキー(48) | ザルジニー大将(52、前国軍最高司令官) | 「早急な和平は壊滅的敗北と独立喪失を招く」と明言 |
この表を凝視してほしい。
両国とも「現指導者が止めようとしても、次に出てくる人物がもっと硬い」という同じ構造が成立している。
これが偶然か、あるいは戦争が4年続いたことで必然的に浮かび上がった構造か——後者だと私は考える。長引いた戦争は、折衝派ではなく強硬派を次のリーダーに押し上げるからだ。
① ロシア側 — 小泉悠氏の「あと10年は今のロシア」
この戦争を日本で最も冷静に読み続けてきた専門家は、東大先端科学技術研究センターの小泉悠准教授だろう。
ロシア軍事・安全保障の研究者として知られ、『ウクライナ戦争』『プーチンの国家戦略』などの著書がある。
その小泉氏が2025年11月の日経インタビューで語った言葉は、ロシア側の時間軸を一言で示している。
「少なくともあと10年は、今のロシアだ。あまり大きく変わらない」
——小泉悠氏(日経、2025年11月)
これは単に「プーチンが生き残る」という話ではない。
プーチンの後継者になる人物もまた、プーチンと同じ路線を継ぐという意味だ。
そしてこの予測の根拠は、プーチン自身が公言している後継者条件にある。
プーチンは2025年9月、次期政治指導者について公の場でこう述べた。
「次の指導者はウクライナ戦争の経験者でなければならない」(Newsweek)。
この一言が持つ意味は重い。戦争に関わった人間でなければ次の大統領になれない、ということは、次の大統領もまた戦争を正当化し続けなければならないからだ。
後継者ランキングは複数のロシア情報筋から漏れている。新潮社フォーサイトが紹介したTelegram上の「後継者」アカウントの最新ランキングは以下の通りだ。
- ドミトリー・メドベージェフ(60、前大統領・安保会議副議長)
かつて「リベラル」と評されたが、退任後に過激なタカ派に転向。核使用の脅しを繰り返す強硬派 - ミハイル・ミシュスチン(60、首相)
憲法規定で大統領代行第一順位。レバダ・センター支持率70%台の実務派 - セルゲイ・キリエンコ(63、大統領府第一副長官)
現在ウクライナ占領地域の統治責任者。「ウクライナ戦争経験者」条件を満たす数少ない候補
3候補の顔ぶれを見てほしい。誰が次の大統領になっても、ウクライナ戦争は「正しかった」と言わざるを得ない立場になる。
メドベージェフは退任後のタカ派転向で有名。ミシュスチンはプーチン忠臣。キリエンコは占領地域の統治責任者。
つまり、仮にプーチンが明日引退して、別の人物が大統領になったとしても、戦争を継続する動機は構造的に維持される。
「プーチンさえ退けば戦争は終わる」という前提は、甘い。
② ウクライナ側 — ザルジニー大将という「もっと硬い次」
そして、この記事の核心はここからだ。ウクライナ側にも同じ構造が成立している。
2024年2月、ゼレンスキー大統領は国軍最高司令官を務めていたワレリー・ザルジニー大将を解任し、駐英大使に任命した。
表向きは「戦争指導の刷新」だったが、多くの観測筋は国民的英雄となっていたザルジニーをゼレンスキーが「遠くに追いやった」と解釈した。
大使任命は事実上の政治的追放である。
なぜゼレンスキーはそこまでしてザルジニーを政治の中心から外したかったのか——答えは世論調査に出ている。
- ザルジニー大将 信頼度:約76%(国民から信頼される人物・常にトップ)
- ゼレンスキー大統領 信頼度:約65%(戦時下の現職としては高いが、ザルジニーに劣る)
- 大統領選挙・決選投票シミュレーション:ザルジニー 64% vs ゼレンスキー 36%
※ キーウ国際社会学研究所(KIIS)およびラズムコフ・センターの調査を複数参照
つまり、現時点でウクライナで自由に大統領選挙が行われれば、ザルジニーがゼレンスキーをダブルスコア近い差で破るというのが現実だ。
ゼレンスキーが戒厳令を理由に選挙を延期せざるを得ないのは、憲法上の理由だけではない。勝てないからでもある。
そしてここが重要な点だ。ザルジニーはゼレンスキーより和平に硬い。
これはタカ派イメージというレベルの話ではなく、本人の発言として記録されている。
「早急に戦争を終わらせようとすれば、必ずや壊滅的な敗北と独立の喪失を招くことになる」
——ザルジニー大将(駐英大使、2025年)
この発言の意味は重い。
ゼレンスキーがトランプ政権と取引して妥協するルートを探ろうとしたとき、国内の最大の対抗勢力(ザルジニー)が「それは敗北だ」と公言しているという状況だからだ。
ゼレンスキーが妥協を呑めば、次の選挙でザルジニーに政治生命を奪われる。
だからゼレンスキーも、妥協できない。
小泉悠氏がロシア側で見ている「あと10年」と同じ構造が、ウクライナ側にも成立している。
現職が降りても、次のリーダーはもっと強く「戦え」と言う——それが両国の対称性だ。
🔗 「誰も降りられない」構造のプレビュー
両国の後継者問題だけでも、この戦争が止まらない十分な理由が見える。
しかし実際にはそれ以外にも当事者は多い。西側の武器輸出国、EU、トランプ、軍需産業、そしてウクライナ国民そのもの。
第2〜4回で深掘りする当事者たちを、今日は簡単にプレビューしておこう。
ヴォロディミル・ゼレンスキー(48)
領土譲歩 = 憲法違反、そして次の選挙でザルジニー大将にダブルスコアで敗北。
戦時下で選挙もできず、任期切れの合法性問題も抱える。軍需物資の西側依存で、現場の決定権も限定的。
→ 第3作で深掘り
ドナルド・トランプ(79)
「24時間で終わらせる」と言っていたが、実際は取引材料として使い続けている。
ロシアとの直接取引(北極、エネルギー、制裁解除)への地ならしに、ウクライナを使っている構造。
→ 第3作で深掘り
EU指導部(フォン・デア・ライエンら)
対ロ制裁を降ろせない構造。「ウクライナを見捨てたら次はバルト三国」という論理。
ドイツ・フランスの温度差はあるが、公式には連帯を崩せない。
→ 第3作で深掘り
軍需産業(ロ・米・欧)
ロシアの軍需GDP編入、米欧の武器受注激増(ロッキード、ラインメタル、BAE等)。
戦争を「商品」として扱う古典的構造。株価が「戦争継続バイアス」を物語る。
→ 第3作で深掘り
🎯 「誰か一人が悪い」では終わらない
この戦争について、日本のネットではしばしば単純化が起きる。
「プーチンが悪い」「ゼレンスキーが戦争を引き伸ばしている」「トランプが無責任」「EUが煽っている」——どれも一面の真実を含むが、どれも戦争が止まらない本当の理由を説明していない。
本当の理由は、当事者全員が『自分の立場では合理的に』動いているのに、全体として戦争が続いてしまうという構造だ。
ゲーム理論で言うナッシュ均衡——誰か一人が「降りる」と選択すると、その人だけが突出して損をするため、誰も先に動けない状態である。
そして、ロシアとウクライナの両国で「後継者の方が強硬」という鏡写しの構造が成立していることは、ナッシュ均衡をさらに深めている。
現指導者が戦争を終わらせようとしても、その瞬間に次の指導者(もっと強硬な)に地位を奪われる。
だから両国の現職とも、降りる動機を持てない。
プーチンが降りれば失脚する。ゼレンスキーが降りればザルジニーに敗れる。トランプが降りれば取引材料を失う。EUが降りれば次の侵略を許す前例を作る。軍需産業が降りれば売上を失う。
「降りたくない」のではない。『降りられない』のだ。
この違いを理解することが、この戦争を正しく読む第一歩になる。
「誰が悪いか」を語ることは、快感を伴う。しかしその快感は、構造を見えなくさせる。
46万人という数字の前で、まず必要なのは怒りではなく、構造を読む技術だ。
📅 次回予告
本シリーズは4部構成で、以下の順で公開する。
- 第1作(本記事):数字と全体像 — 両国とも「後継者がもっと強硬」という恐怖の対称性
- 第2作:ロシアが降りられない理由 — プーチン後継者3人は全員「戦争継続」派
小泉悠氏の「あと10年」論と、メドベージェフ・ミシュスチン・キリエンコの顔ぶれを軸に、ロシアの構造を深掘りする - 第3作:ウクライナ&西側が降りられない理由 — ザルジニー、ゼレンスキー、トランプ、EU
ゼレンスキー/ザルジニーの二頭構造、フォン・デア・ライエン、トランプ、軍需産業を登場人物図鑑で解剖 - 第4作:終わらせ方が設計されていない戦争 — ナッシュ均衡として安定する戦争
朝鮮・ベトナム・イラク・アフガンとの歴史比較で「終わらせ方」の不在を考える
次回は、小泉悠氏の分析を軸にロシア側の構造を解剖する。
「プーチンが止めても戦争は続く」という冷徹な現実が、後継者3候補の顔ぶれでどう立証されるか——近日公開予定だ。
※ 本記事は時事通信、日本経済新聞、Newsweek、新潮社フォーサイト、CSIS、BBC、Meduza、キーウ国際社会学研究所(KIIS)、ラズムコフ・センター、小泉悠氏の公開講演・著書・インタビュー記事を横断的に参照して構成しています。
主要ソース:
時事通信:両軍180万人 /
日経:小泉悠「あと10年は今のロシア」 /
Newsweek:プーチン後継者条件 /
フォーサイト:後継者ランキング /
笹川平和財団:小泉悠「戦時下ロシア軍の変貌」
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