前回(第1作)で、この戦争の根本構造を描いた。
ロシアもウクライナも、現指導者より「後継者候補」の方が強硬路線——というほぼ完璧な対称性だ。
今回はその片面、ロシア側だけを掘り下げる。
なぜプーチンは止められないのか。そして、仮にプーチンがいなくなったとして、なぜ戦争は続くのか。
答えを一言で言えば、こうだ。
ロシアはすでに「戦争を前提にした国」に改造されてしまった。
プーチン個人が止めたくなっても、国家の構造が止まらない。
そして次のリーダーは全員、その構造の上に乗っている人物だ。
🔬 小泉悠「あと10年は今のロシア」——その言葉の本当の意味
第1作でも引用した、東大先端科学技術研究センター・小泉悠准教授の2025年11月の日経インタビュー。
「少なくともあと10年は、今のロシアだ。あまり大きく変わらない」
——小泉悠氏(日経、2025年11月)
この発言は「プーチンがあと10年やる」という意味ではない。
もっと重い意味が込められている。
プーチンが去っても、ロシアの方向性は変わらない——つまり、個人ではなく構造がロックされている、ということだ。
なぜか。小泉氏が繰り返し指摘してきた論点を整理しよう。
- 連邦予算に占める国防・治安費:約40%(2025年度、開戦前は約25%)
- ロシア軍総兵力:113.4万人(2025年初頭。開戦前は約90万人)
- ロシア陸軍:開戦前28万 → 約55万(ほぼ倍増)
- 囚人動員:14〜18万人(2024年11月時点、BBC・Meduza共同調査)
- 軍需産業の労働人口:約350万人(ロシア経済の「戦争セクター」化)
- GDP成長率:3.6%(2024年、IMF推計)——制裁下でも成長。ただし軍需が牽引
※ 笹川平和財団 小泉悠「戦時下ロシア軍の変貌」、CSIS、BBC、IMFなどを横断参照
注目してほしいのは、これらの数字がどれも「元に戻す」ことが極めて難しい種類の変化だということだ。
連邦予算の4割を軍事に振り向けた国が、明日「やっぱり2割に戻す」とは言えない。350万人が軍需産業で食べている経済が、明日「やっぱりITに転換する」とは言えない。55万人の陸軍を「やっぱり28万人に戻す」と言ったら、27万人分の失業問題が発生する。
つまり、ロシアは戦争を止めても「戦争の構造」を維持せざるを得ない。
この構造的拘束が、誰がリーダーになっても方向転換を許さない。
小泉氏の「あと10年は今のロシア」とは、この意味だ。
🎭 後継者3人のプロフィール — 全員が「戦争を否定できない男」
ロシア国内の情報空間で流通する「後継者ランキング」がある。
新潮社フォーサイトが紹介したTelegram上の「後継者」アカウントの最新順位を軸に、3候補を深掘りする。
第1作では名前と肩書きを並べた。今回は、彼らがなぜ構造的に戦争を止められないのかを一人ずつ解剖する。
ドミトリー・メドベージェフ(60)— 安全保障会議副議長・前大統領
メドベージェフは、ロシア政治史の中で最も劇的な「変身」を遂げた人物だ。
2008〜2012年の大統領時代、彼は「近代化」「法の支配」「インターネットの自由」を掲げた。
iPhoneを手に持ちシリコンバレーを訪問し、オバマ政権と「リセット」外交を展開した。
西側メディアは「プーチン後のリベラルな顔」として彼に期待した。
2022年以降、その同じ人物が何を言っているか。
この変身は、キャリア計算の産物だ。
大統領退任後、メドベージェフは政治的に「使い終わった人」になりかけた。
2022年のウクライナ侵攻が、彼に第二の政治生命を与えた。
プーチンより過激なことを言い続けることで、「忠誠の証明」と「存在意義」を同時に確保しているのだ。
もしメドベージェフがプーチンの後継者になった場合、彼は核恫喝路線を引っ込められるか?
答えはNoだ。なぜなら、彼のここ3年間の政治的資産は「過激な発言」そのものだからだ。
核恫喝を止めれば、彼の支持基盤は消える。
ミハイル・ミシュスチン(60)— ロシア連邦首相
ミシュスチンは3候補の中で最も地味で、最も危険な存在だ。
元連邦税務局長。2020年に首相に就任して以来、プーチンに一度も逆らったことがない。
政治的野心を見せたこともない。メディアで目立つこともない。
「見えない首相」と呼ばれる所以だ。
しかし彼には、他の2候補にない決定的なカードがある。憲法上の後継順位第1位だ。
ミシュスチンがメドベージェフと決定的に違う点がある。
メドベージェフは「イデオロギーで戦争を続ける」タイプだが、ミシュスチンは「慣性で戦争を続ける」タイプだ。
彼にとって戦争は信条ではなく、管理対象だ。
しかし、管理対象であるがゆえに、止める判断を下す動機がない。
戦争が続けば予算が回り、予算が回れば首相の仕事がある。
テクノクラートの合理性が、戦争継続の慣性になる。
もしプーチンが明日倒れた場合、憲法の規定に従って大統領代行となるのは、この男だ。
そして「大統領代行」が最初にやることは、変化ではなく安定の維持だ。
つまり、今のまま。
セルゲイ・キリエンコ(63)— 大統領府第一副長官
3人の中で最も不気味な存在がキリエンコだ。
1998年、わずか35歳で首相に就任した男。ロシア金融危機の嵐の中で5ヶ月で辞任し、以降は裏方に回った。
2016年から大統領府第一副長官。そして2022年のウクライナ侵攻以降、彼は新たな役割を得た。
占領地域の統治責任者だ。
キリエンコが他の2候補と決定的に違う点は、彼の「仕事」が占領地そのものであることだ。
メドベージェフにとって戦争はイデオロギーの舞台。ミシュスチンにとっては管理対象。
しかしキリエンコにとっては、占領地こそが自分の政治的存在理由だ。
彼が「2022年以降に構築したすべて」は、ウクライナ4州がロシアの一部であり続けることを前提にしている。
もし停戦で領土が返還されれば、キリエンコの仕事はなくなる。
彼が3年間かけて構築した行政機関、住民データベース、教育システム、すべてが無意味になる。
キリエンコにとって、領土返還は政治的死を意味する。
そしてプーチンが言った「次の指導者はウクライナ戦争の経験者でなければならない」という条件。
3候補の中で、この条件を最も直接的に満たしているのがキリエンコだ。
彼は戦場にはいないが、占領の「現場」にいる。
🔒 プーチンの一言が鍵を閉めた — 「次の指導者は戦争経験者」
2025年9月、プーチンは次期政治指導者について公の場でこう述べた。
「次の指導者はウクライナ戦争の経験者でなければならない」
——プーチン大統領(Newsweek、2025年9月)
この一言は、単なるリップサービスではない。後継者選別フィルターとして機能する。
「ウクライナ戦争の経験者」という条件が意味すること:
- 戦争に反対した人物は候補から永久排除される
- 戦争に関わった人物は、就任後も戦争を「正しかった」と言い続けなければならない
- 戦争の清算(賠償・領土返還)は自分自身の正統性の否定になる
- 結果として、後継者候補プールが自動的に「戦争継続派」に収束する
これは自己強化ループだ。
戦争が長引くほど、「戦争経験者」の条件を満たす候補が増え、しかしその全員が戦争を止められない立場にいる。
時間が経てば経つほど、ロシアの「出口」は狭くなる。
📊 構造まとめ — 3候補×「降りられない理由」
3候補を「なぜ戦争を止められないか」という軸で並べると、以下のようになる。
| 候補者 | 戦争継続の動機 | 止めた場合のリスク | タイプ |
|---|---|---|---|
| メドベージェフ | 核恫喝路線が政治的存在意義 | 3年間の発言が全て「ブラフだった」と証明される | イデオロギー型 |
| ミシュスチン | 戦時経済の管理者として権力を維持 | 軍需予算縮小 → 首相の役割が縮小 | 慣性・実務型 |
| キリエンコ | 占領地統治が政治的存在理由そのもの | 領土返還 = 3年間の仕事が全て消滅 | 利害直結型 |
タイプは異なる。動機も異なる。
しかし結論は同じだ。3人とも、戦争を止めたら自分が損をする立場にいる。
そしてプーチン自身も同じだ。
24年間の統治を維持してきたプーチンには、引退後の安全保証がない。
戦争を「勝利」として終えない限り、引退後に追及されるリスクが残る。
しかし「勝利」の定義が拡大し続ける以上、勝利宣言のタイミングは来ない。
プーチンも、その後継者も、全員が「降りたら負ける」ゲームの中にいる。
これがロシア側の構造だ。
📅 次回予告
今回はロシア側だけを掘り下げた。
しかし第1作で示した「恐怖の対称性」は、鏡の片面だけでは完成しない。
次回(第3作)は、鏡のもう片面——ウクライナと西側が降りられない理由を解剖する。
- 第1作(公開済み):数字と全体像 — 恐怖の対称性
- 第2作(本記事):ロシアが降りられない理由 — 後継者3人は全員「戦争継続」派
- 第3作:ウクライナ&西側が降りられない理由 — ザルジニー、ゼレンスキー、トランプ、EU
- 第4作:終わらせ方が設計されていない戦争 — ナッシュ均衡として安定する戦争
ゼレンスキーとザルジニーの二頭構造、フォン・デア・ライエンの連帯ジレンマ、トランプの「24時間和平」の正体、そして軍需産業——
ロシアと完全に対称な「降りられなさ」が、ウクライナ側にも存在する。
近日公開予定。
※ 本記事は日本経済新聞、Newsweek、新潮社フォーサイト、笹川平和財団、BBC、Meduza、レバダ・センター、IMF、CSIS、小泉悠氏の公開講演・著書・インタビュー記事を横断的に参照して構成しています。
主要ソース:
日経:小泉悠「あと10年は今のロシア」 /
Newsweek:プーチン後継者条件 /
フォーサイト:後継者ランキング /
笹川平和財団:小泉悠「戦時下ロシア軍の変貌」




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