「EV出遅れの戦犯」「時代に乗れなかった老害」——数年前まで、ネットで豊田章男はそう叩かれていた。世界がEV一辺倒を見直した今、評価は「やっぱり豊田章男が正しかった」へ一変している。
だが、肩書を並べてもこの人の本質は掴めない。豊田章男は経営者である前に、筋金入りの”クルマ馬鹿”だ。経歴ではなく、エピソードで見ていこう。
- 実の父に「こいつを部下にしたい奴はいない」と言われ、平社員に降格もされた御曹司
- 「ネットでクルマは売れない」と笑われた社内ベンチャー=GAZOOを立ち上げた男
- 運転の師匠・成瀬弘に鍛えられ、レーサー「モリゾウ」としてニュル24時間を走る
- 他社のクルマを「悔しい!羨ましい!」と全力で褒める
父に「こいつを部下にしたい奴はいない」と言われた御曹司

豊田章男は1956年生まれ。自動織機を発明した創始者・豊田佐吉のひ孫であり、トヨタ自動車を興した喜一郎の孫、章一郎の長男——文句なしの「創業家の本流」だ。
だが、その出自はむしろ重荷だった。慶應からバブソン大MBA、米投資銀行を経て1984年にトヨタ入社。生産管理や国内営業の現場を回り、係長から平社員へ降格する人事まで経験している。
父・章一郎にいたっては、息子についてこう突き放したと伝わる。「(章男を)部下に持ちたいと思う人間は、今のトヨタにはいない」。2009年、リーマン後の最悪期に52歳で社長に就いたときも、社内外から「危機を3代目のボンボンが乗り越えられるわけがない」「早く失敗して、やめればいい」という声が聞こえてきたと、本人が振り返っている。
「ネットでクルマは売れない」と笑われたGAZOO
社長になるずっと前、章男には”黒歴史”扱いされた挑戦がある。GAZOOだ。
1996年、業務改善支援室の課長だった章男は、有志とともに中古車の画像システム「UVIS」を開発した。トヨタ生産方式を販売の現場に持ち込み、下取り車をネットで捌こうとしたのだ。だが当時の社内は「インターネットでクルマが売れるわけがない」と冷ややか。トヨタの名すら名乗らせてもらえなかった。
この笑われた社内ベンチャーが、のちにモータースポーツ部門「GAZOO Racing(GR)」へと化け、トヨタのスポーツカー復活の源流になる。
運転の師匠・成瀬弘と「モリゾウ」の誕生

章男を「クルマ馬鹿」たらしめた決定的な存在が、トヨタの伝説的テストドライバー成瀬弘(なるせ・ひろむ)だ。約300人いる社内評価ドライバーの頂点=“トップガン”と呼ばれた男である。
運転を教えてほしいと願い出た章男に、成瀬は厳しかった。「運転もできない人に、クルマのことをああだこうだ言われたくない」——その流儀で、御曹司を一から鍛え上げた。
2007年、成瀬の提案で二人は「Team Gazoo」を結成。章男はレーサー「モリゾウ」として、世界一過酷といわれるニュルブルクリンク24時間レースに挑み、スーパーカー「LFA」の開発にも二人三脚で取り組んだ。
他社のクルマも全力で褒める「クルマ好き」
章男のクルマ愛は、自社の垣根を軽々と越える。
2009年にはフォルクスワーゲンのシロッコを「悔しい! そして羨ましい!」と公然と絶賛。マツダ本社を訪ねたときは、社長室ではなくテストコースに案内され、「好きなだけ乗ってください、”モリゾウさん”」と迎えられたエピソードを嬉しそうに明かしている。マツダのロータリーやディーゼルについても「クルマ好きとしては非常に楽しみ」と語る。
会長になった今もハンドルを手放さない。2025年にはニュル24時間に6年ぶりに復帰し、息子の豊田大輔氏と親子で参戦。亡き師匠・成瀬に捧げる走りを見せた。経営トップが自らレースで命を削る——世界的にも稀有な存在だ。
全方位戦略——「クルマ馬鹿」の直感が当たった

その章男が、世界のEV一辺倒に逆らった。EVだけに賭けず、ハイブリッド・PHV・EV・水素・e-fuelを並走させる「全方位(マルチパスウェイ)戦略」を貫いたのだ。
日本自動車工業会の会長として、彼は「敵は炭素であって、内燃機関ではない」と訴え、「変化を拒む守旧派」と猛批判を浴びた。だが結果は——トヨタはハイブリッド需要を追い風に世界販売1位・過去最高益。EUがエンジン車禁止を緩め、欧米勢がEVで巨額損失を出すなか、その賭けは「先見の明」と再評価された。机上の数字でなく、現場とハンドルから世界を見ていた男の勝ちだった。
影——認証不正と「世襲」批判
もっとも、手放しの英雄譚にするのは公平ではない。
2023〜2024年、トヨタグループのダイハツや豊田自動織機で認証不正が相次いで発覚。長年の試験データ不正などが明らかになり、章男はグループ会長として記者会見で謝罪した。また創業家出身であること自体への「世襲」批判も根強く、2023年に社長を佐藤恒治へ譲って会長に退いた後も「実権は会長が握ったまま」との見方がある。
まとめ:肩書より、エピソードがこの人を語る
父に突き放された御曹司、笑われたGAZOO、師匠の死、他社まで愛するクルマ馬鹿、そして全方位の賭けと認証不正の影——。
「EV出遅れの戦犯」も「先見の明の英雄」も、豊田章男の一面でしかない。経歴の肩書をいくら並べるより、これだけのエピソードのほうが、よほどこの人を物語っている。




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