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【手取り4部作 Part 1】国民負担率46.2% — 親世代が家を買って子供3人育てた時代と、今の日本の落差

経済

あなたの親世代は、どうやって家を買っただろうか。どうやって子供を2人、3人と育てただろうか。どうやって家族でハワイ旅行に行き、車を買い替え、子供を大学にやっただろうか。

よく「昭和のほうが良かった」と言われる。ノスタルジーだと笑う人もいる。だが「良かった」と感じる根拠が、実は数字で明確に出ていることは、意外と知られていない。

本稿は全4回シリーズ「手取りを増やす政策を比較する」のPart 1。最初は政策論に入る前の土台作りだ。私たちが今どこに立っていて、親世代とどれだけ違う景色を見ているか——これを数字で実感してもらう。「減税しろ」を感情論で終わらせないための第一歩だ。


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結論から言おう:国民負担率は戦後最高の46.2%

まずこの数字を見てほしい。

年度 国民負担率 租税負担率 社会保障負担率
1970年度
(昭和45年)
24.3% 18.9% 5.4%
1994年度
(平成6年)
38.3%
2024年度
(令和6年・実績見込)
45.8%
2025年度
(令和7年・見通し)
46.2% 28.2% 18.0%

出典:財務省「令和7年度の国民負担率を公表します」

この数字の意味を、順番にほどいていく。


国民負担率とは何か — 給料の「実質何割」が持っていかれるか

国民負担率とは、国民の所得全体のうち、税金と社会保険料で差し引かれる割合のこと。財務省の定義では「租税負担+社会保障負担」を「国民所得」で割った数値だ。

国民負担率の式

国民負担率 = (租税 + 社会保険料)÷ 国民所得

つまり、国民負担率46.2%とは「国民全体の所得のうち、ほぼ半分が税と社保料で持っていかれる」状態を意味する。個人差はあるが、平均的には給料の半分が自分のものではないということだ。

1970年の24.3%から2025年の46.2%へ、55年で負担率は約2倍に拡大した。内訳を見るとさらに象徴的だ。

  • 租税負担率:18.9% → 28.2%(約1.5倍)
  • 社会保障負担率:5.4% → 18.0%(約3.3倍

租税(所得税・消費税など)の伸びより、社会保険料(厚生年金・健康保険・介護保険)の伸びの方が圧倒的に大きい。55年で3倍以上に膨らんだ。これが本シリーズのPart 3で掘り下げる「社会保険料という盲点」の伏線だ。覚えておいてほしい。


「令和の五公五民」は実は江戸時代より重い — 歴史的事実を踏まえて

国民負担率46.2%という数字が出ると、ネット界隈でよく使われる表現がある。「令和の五公五民」だ。

江戸時代の税率は「四公六民」(収穫の4割が年貢、6割が百姓の取り分)または「五公五民」(半々)と呼ばれ、歴史の教科書では「百姓は重税で苦しんだ」と教わる。

そして2025年度の日本の国民負担率は46.2%。数字の上では限りなく五公五民に近い水準であり、四公六民はとっくに超えている。だから「令和の五公五民」と揶揄される。

——ここまでは、X(旧Twitter)などでよく見る話だ。ただし本稿では、ここで一歩踏み込みたい。実は「江戸時代の五公五民」と「令和の46.2%」を安易に比べるのは、江戸時代を過大評価しているのだ。


歴史的事実①:表高と実高のズレ — 江戸時代の実効税率は時代と共に下がった

江戸時代を理解するキーワードが「表高(おもてだか)」と「実高(じつだか)」だ。

  • 表高:幕府が各藩に公式に割り当てた石高(建前の生産力)。参勤交代の負担、普請役、軍役動員などはこの数字を基準に課された
  • 実高:実際にその土地で取れる米の量。新田開発・治水工事・農業技術の進歩で、時代と共に実高は表高を大きく上回った

江戸幕府が初期に設定した年貢率は確かに「四公六民」基調だったが、問題は年貢は「表高」を基準に算定されていたこと。一方で新田開発によって実高は増え続けた。しかも検地帳(課税台帳)は幕府・諸藩ともに長期間更新されなかった。初期の検地以降、100年以上放置された地域も珍しくない。

結果、同じ「五公五民」でも、実際の生産力に対する実効税率は時代が下るほどどんどん下がっていった。研究者の試算では、江戸中期〜後期の幕府直轄地(天領)の実効税率は概ね三公七民(約30%)程度まで低下していたという指摘がある。建前の「五公五民」は、実態とは大きく乖離していた。

有名な例が「加賀100万石」だ。前田家は表高100万石として知られるが、実高は130万石前後あったとされる(江戸中後期)。つまり「100万石の年貢率50%」と言っても、実高ベースで見れば38%程度にまで下がっていた計算になる。これが百姓の手元に残る「サイレント減税」の正体だ。

📌 現代との対比
現代日本では、新田開発にあたる「経済成長や所得増」が起きても、税制と社会保険料は物価や所得にスライドして引き上げられる。給料が上がれば住民税も社保料も自動で上がる。江戸時代のように「検地帳が100年放置される」ような制度の緩みは一切ない。むしろ歳入の漏れを塞ぐ方向に制度が精緻化されている。

歴史的事実②:年貢対象は米だけ、それ以外の収入は自由

ここが最も重要なポイントだ。江戸時代の年貢は原則として「本途物成(ほんとものなり)」=米に対してかかる税だった。それ以外、つまり——

  • 商品作物(綿・菜種・茶・藍・煙草など)
  • 手工芸品(絹織物・和紙・陶器など)
  • 副業収入(炭焼き・漁業・行商など)

——これらは基本的に自由売買で、年貢の対象外だった(小物成など雑税はあったが軽微)。だから江戸中後期の百姓は、米を年貢で納めた上で、綿や菜種を商人に売って現金収入を得るという二重構造で生活していた。収穫全体に対する実質的な負担率は、「五公五民」の建前よりさらに軽かった。

歴史的事実③:町人は年貢を払っていない

さらに見落とされがちなのは、江戸時代の都市住民(町人)は年貢を払っていなかったという事実だ。年貢は農民の税。町人が払ったのは運上・冥加金(営業税の一種)で、率にして数%程度。だから江戸・大坂・京都では町人文化が花開き、歌舞伎・浮世絵・貸本・寿司屋・蕎麦屋が栄えた。可処分所得があったからだ。

歴史的事実④:消費税も社会保険料もなかった

そして決定的な違いがこれ。江戸時代の百姓も町人も、消費税も所得税も社会保険料も払っていない。年貢(米)と運上(商人の営業税)以外に、給料から自動的に天引きされる仕組みは存在しなかった。


結論:令和の日本は江戸時代より負担が重い可能性が高い

「令和の五公五民」という言い回しは、インパクトがある反面、実は江戸時代を重く見積もりすぎている。実態は真逆に近い。

  • 江戸中後期の百姓の実効税率:おおむね30%前後(米以外は自由売買)
  • 江戸時代の町人の税負担:数%程度(年貢なし)
  • 江戸時代には消費税・所得税・社会保険料なし
  • 一方、令和の国民負担率は46.2%(給与天引き + 消費税 + 住民税 + 固定資産税 + etc…)

つまり「令和の五公五民」は正確には「江戸時代より重い」のが実態だ。少なくとも、給与所得者の実感としてはそう言って過言でない。歴史を持ち出すなら、「五公五民」で済ませず「江戸の町人のほうが今の俺らより自由に金使えてたかもしれん」と言うべきだろう。

ネット上で「令和の五公五民」という言葉がバズるのは、庶民の実感が数字で裏付けられているからだ。しかも実態を掘ると、歴史の比喩としてはむしろ軽すぎる。財務省の公式データがそう言っている。


戦時中よりヤバい? — 源泉徴収はナチス起源、戦費調達の発明だった

江戸時代と比べて「令和のほうが重い」と書いた。ではもう一段踏み込んでみよう。戦時中の日本と比べるとどうか

結論から言えば、戦時中との直接の数値比較は難しい。戦時末期の日本はハイパーインフレと統計機能の崩壊で、現代の「国民負担率」に相当する数字が整理されていない。しかし、それでも言えることがある。現代の日本が使っている徴税システムの核心は、実は戦時中に戦費調達のために作られたものだということだ。

源泉徴収制度 — 1940年、ナチスドイツに範を取って導入

日本で給与所得に対する源泉徴収制度が導入されたのは、1940年(昭和15年)4月1日。太平洋戦争開戦の前年、戦時色が強まる真っ只中だった。しかも制度設計の手本は当時のナチスドイツ。目的はただ一つ——戦費調達の効率化だ。

1940年税制改正(昭和15年)の主な内容
  • 勤労所得への源泉徴収制度の新設(ナチスドイツ参考)
  • 勤労所得の基礎控除を1,000円 → 720円に引き下げ(課税対象者を飛躍的に拡大)
  • 目的:効率的な戦費調達と徴税事務の自動化

なぜこの制度が「発明」だったか。労働者が税を払う瞬間を意識しないからだ

それまでの所得税は、個人が自分で申告して自分で納める「申告納税」が基本だった。自分で税務署に持参するか振り込む。当然、払うときに「取られた」と実感する。これでは戦費調達に必要な規模を集めるのは難しい。

一方、源泉徴収は会社が従業員の給料から自動で差し引いて国に納める仕組み。労働者が手にする時点で既に「可処分所得」になっている。戦時の国民は、自分が国にいくら払っているか正確に意識することなく、給料袋に入った金額を使って生活した。痛みを感じさせない徴税——これが発明の核心だ。

戦後80年、その仕組みは残って強化された

戦争は1945年に終わった。だが源泉徴収制度は残った。それどころか、戦後は社会保険料(厚生年金・健康保険・雇用保険・介護保険)も同じ天引き方式に組み込まれ、「見えない徴収」は戦時より遥かに巧妙化した

  • 戦時中:所得税のみ天引き、しかも戦時の名目で一時的
  • 令和の現在:所得税+住民税+厚生年金+健康保険+介護保険+雇用保険 — すべて天引き。しかも恒久制度

給与明細を見ずにATMから差引支給額だけ引き出す日本人が、国にいくら払っているか正確に答えられるだろうか。答えられない人が多数派なら、それは戦時の発明がより完璧に機能している証拠だ。

戦時中にはあって今はないもの/今にはあって戦時中になかったもの

戦時末期の日本では、物品税120%、遊興飲食税300%、散髪や写真撮影に特別行為税(20〜30%)といった異常税制が敷かれた(国税庁 税務大学校)。これらは現代には無い。その意味で「戦時中のほうが数字は派手だった」と言える。

しかし決定的な違いは、戦時中の異常税制は「臨時・戦時」の名目で国民にそうと認識されていたことだ。「戦争のために仕方ない」という合意があった。一方、現代の国民負担率46.2%は、平時の恒久制度として定着している。戦争もなく、非常事態でもないのに、給料の半分が自動で消えていく。この「平常運転」こそ、戦時より深刻な構造だとも言える。

💡 痛みを見えなくする装置

源泉徴収と社会保険料の天引きは、「徴税の痛みを国民から隠す」装置として、戦時中に発明され、戦後に完成された。財務省と厚労省は国民から「見えない形」で年収の半分近くを徴収できる。しかも国民の大半がその事実に気付いていない。これこそが、令和の日本で減税議論がなかなか進まない最大の理由の一つだ。

痛みを感じない課税は、抵抗されない課税でもある。


可処分所得 — 国が見せたがらない「本当の通帳」

ここで重要な概念を1つ覚えてほしい。可処分所得だ。

可処分所得とは

可処分所得 = 給与収入 − 所得税 − 住民税 − 社会保険料

要するに「自由に使えるお金」のこと。給与明細で言えば「差引支給額」。家計簿で言えば「実際に手元に入ってくるお金」。

ここで一つ、政治とメディアの報道を見るときの注意点を伝えたい。国や大手メディアは「平均年収」を使いたがるが、「可処分所得」はあまり表に出さない

なぜか。

  • 平均年収:2023年で約458万円(国税庁 民間給与実態統計)。こう言うと「それなりに貰えている」という印象を与える
  • 可処分所得:年収458万円の人でも、税と社保料で約100万円引かれる。実質の「手取り」は約350万円前後。こう言うと「意外と少ない」という実感に繋がる

この差100万円を「国民が意識しない」ように給与天引きで自動的に引かれる仕組みになっている。ここが重要だ。もし会社員が毎月「今月の税と社保料で10万円を国に払ってください」と自分で振り込む仕組みだったら、国民の税・社保感覚は今とは全く違っているだろう。

💡 重要な視点

「年収」ではなく「可処分所得」で家計と国の関係を見ること。これが第一歩だ。自分が本当に自由に使えるお金がいくらかを把握すれば、「なぜ家が買えないのか」「なぜ結婚できないのか」「なぜ子供を諦めるのか」の答えが見えてくる。全ては可処分所得の問題だ。


実質賃金 — 1997年ピーク、2024年は12%減

もう一つ、知っておくべき数字がある。実質賃金だ。

実質賃金とは「名目賃金」から物価上昇分を差し引いた、本当の購買力を示す数字。給料の額面(名目)が同じでも、物価が上がれば買えるものが減る。その目減り分を差し引いたものが実質賃金だ。

厚生労働省「毎月勤労統計調査」によれば、日本の実質賃金は1997年にピークを打ち、その後は長期低落傾向が続いている

実質賃金指数
(2020年=100)
水準
1997年 113 ピーク
2020年 100 基準年
2024年 99 ピーク比 −12%

出典:労働政策研究・研修機構「早わかり グラフでみる長期労働統計」

つまり、1997年の日本人の購買力は、今の日本人より1割以上高かった。同じ100円を出して買えるモノが、今より1割多かった。

ここに国民負担率の上昇を重ねると、話はもっと深刻になる。

  • 1997年:実質賃金ピーク × 国民負担率 約36%
  • 2024年:実質賃金は1997年比で12%減 × 国民負担率 45.8%

購買力が1割減り、そこから引かれる税と社保料の比率が10ポイント上がった。これが「親世代は気軽に家を買えたのに、今はできない」の正体だ。ノスタルジーでも気のせいでもない。数字が言っている。

注意点:パート比率の拡大

実質賃金の低下を見るときの注意点として、全労働者に占めるパート比率の変化がある。1997年の12.2%から2024年には24.8%に拡大した(約2倍)。平均値が下がった要因の一部は、相対的に給与の低いパート労働者の増加によるもの——という指摘もある。ただし、これは同時に「正社員の地位が痩せ細り、非正規で働く人が増えた」という現実の裏返しでもある。いずれにせよ、社会全体としての購買力が弱っているという結論は変わらない。


1人当たりGDPの転落 — 世界2位から30位台へ

もう一つ、象徴的な数字を挙げる。1人当たり名目GDPの順位だ。

  • 2000年頃:世界2位(日本経済の黄金期)
  • 2012年:世界10位前後
  • 2023年:世界30位台(韓国・台湾にも抜かれる)

もちろんGDP順位は為替の影響を大きく受けるし、「数字遊び」の側面もある。だが、一貫して低下傾向にあることは揺るぎない事実だ。これは、日本経済が成長していないという話以上に、国民の豊かさの国際的な位置づけが変わったことを意味している。

1970年代から90年代にかけて「Japan as No.1」と言われた時代の日本人は、ハワイ旅行に行き、NYで買い物をし、欧州ブランドを気軽に手に入れた。今の日本人は、逆に外国人観光客に「安い」と言われてラーメンを食べられる側だ。親世代とはまるで違う経済圏に私たちは生きている


なぜこうなったか — 3つの要因

負担率が倍増し、実質賃金が1割減り、GDP順位が転落した55年の間に、何が起きたか。大きく3つの要因が絡み合っている。

① 少子高齢化による社会保障費の膨張

医療・年金・介護の給付が年々増加。特に社会保障負担率は1970年の5.4%から2025年の18.0%へと約3.3倍に拡大した。高齢者人口の増加と平均寿命の伸長が構造的に続いているため、このままでは更に上昇する

② 消費税の導入と段階的引き上げ

1989年(3%)→ 1997年(5%)→ 2014年(8%)→ 2019年(10%)。導入から30年で3.3倍になった消費税は、租税負担率の上昇の大きな要因の一つ。しかもこの間、所得税と法人税は減税されており、実質的な税負担が庶民の消費に移転した構図だ。

③ 名目賃金の停滞とデフレ

1997年以降、日本の名目賃金はほぼ横ばい。その間、先進各国は名目賃金を1.5〜2倍に増やした。日本だけが取り残された。給料が上がらないまま税と社保料が上がれば、可処分所得は当然減る。これが「失われた30年」の正体だ。


Part 1のまとめ — なぜ減税議論が必要か

  • 国民負担率 46.2%:戦後最高、五公五民水準
  • 55年で負担率は2倍:特に社会保険料が3.3倍
  • 実質賃金は1997年比で12%減:購買力が1割以上落ちた
  • 1人当たりGDP順位は2位→30位台:国際的な立ち位置が転落
  • 可処分所得(自由に使えるお金)こそが家計と国の関係を見る鍵

減税を求める声は、ノスタルジーでもポピュリズムでもない。日本の家計が客観的に追い込まれた結果として出ているものだ。「減税は財源がない」と反論する前に、まず何がどれだけ変わったかを知ることが第一歩になる。

ただし、「減税だ!」と叫ぶだけでは政策にならない。何を、どれだけ、どうやって減らすのか。各党がバラバラに主張する「消費税減税」「社会保険料引き下げ」「所得税減税」「ガソリン税廃止」を、公平に比較しないと判断できない。

📖 次回予告:Part 2「手取りを増やす6つの道 × 各党政策マトリクス」

消費税・社会保険料・所得税・ガソリン税・補助金・給付金——「手取りを増やす」と一口に言っても、その手段は6通りある。各党が何を主張していて、どこが本命なのか。年収350万/700万/1200万の3モデル世帯で、各党の政策を全部実現したらいくら手取りが増えるかを試算する。


出典・参考:
財務省「令和7年度の国民負担率を公表します」
財務省「負担率に関する資料」
労働政策研究・研修機構「早わかり グラフでみる長期労働統計」
厚生労働省「毎月勤労統計調査」
厚生労働省「2024年 国民生活基礎調査の概況 各種世帯の所得等の状況」
LIMO「国民負担率46.2% 国民全体の所得『半分近く』税と保険料に」
国税庁 税務大学校「源泉徴収制度の導入―昭和時代―」
国税庁 税務大学校「戦時下の『特別行為』」

コメント

  1. 以前より生活水準は格段に上がってるのだけどね
    昔の生活に戻りたい人はいないと思うよ

  2. 令和の日本における国民負担率が、
    江戸時代と比較して高いという指摘には一理あるだろう。
    しかし、社会保障制度の有無や高齢化の進展や生活水準を考慮せず
    比較することはいささか単純化し過ぎてないか?

    減税を行うには、財源の観点から社会保障費の見直しが避けられない。
    現代の日本では、社会保障に依存して生活している人の割合は
    過去よりずっと大きくなっている点を忘れてはいけない。
    単純化すれば、
    減税 → 社会保障費の縮小 → 社会保障に依存する人々への影響拡大
    という関係が成り立つ。
    そのため、これを国の基本方針として進めることが適切かどうかは、慎重な議論が必要だろう。

    ただし、現在の社会保障制度をこのまま維持し続けることが難しいだろう。
    したがって、持続可能性を高めるための改革については、避けて通れない課題である。

    例えば、以下のような方向性が考えられる。
    ・医療自己負担3割(生活保護受給者を除く)
    ・年金支給の基準を年齢中心から健康状態に変更(人によっては生涯現役!)
    ・延命目的の胃ろう禁止
    ・尊厳死に関する法制度の整備
    ・医療資源配分のあり方に関する慎重な検討

    社会保障に依存する人々の割合がかつてないほど高くなった現代の日本で
    上記のような改革は本当に可能なのだろうか・・・?

  3. ここの経済や社会分析系の記事って、治安や社会保障を計上してない感じだよね。
    ユニセフのCM?で日本の子供は不幸、自●率も高いってやってたのを本当か検証してた人たちいたけど、他の国の子の●●原因になる病気や交通事故が日本はとても低いとか、それなのにアンケートで幸福度が下がる仕組みとか、逆に幸福度が高い国はなぜ高くなるのかとか、データの真偽や意味を含めて多角的に検証していた。
    それくらいの視野の広さで分析してほしい。

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