「10億円がパーになる」と煽った学術会議、本当に切り離された

話題

2020年10月、菅義偉首相が日本学術会議の推薦した会員候補105人のうち6人を任命しなかった。そこから約10日間、学術会議はネットの主戦場だった。当サイトもこの騒動で36本の記事を出している。

あれから5年半。2025年6月11日に新しい日本学術会議法が成立し、学術会議は2026年10月1日に国から切り離されて特殊法人になる。当時の見出しを1本ずつ持ってきて、どれが当たり、どれが外れ、どれが「言い過ぎ」だったのかを確かめる。当サイトが外したものも入れる。

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2020年10月、この見出しが並んでいた

任命拒否が報じられたのが10月1日。当サイトの学術会議関連記事は、そこから月内だけで25本ある。代表的なものを時系列で並べる。

日付 当時の見出し
2020-10-02 日本学術会議、中国の軍事研究「千人計画」に積極的に協力してたと判明
2020-10-03 辛坊治郎「各国は自分たちで金を出してる。政府直轄でいいのかという議論もあっていい」
2020-10-08 【学術会議】自民党が非政府組織化議論へ…騒いだせいで10億円がパーになるかも
2020-10-10 日本学術会議、中国の軍事研究への協力を否定「そのような事実はありません」
2020-10-24 政府、日本学術会議の事務局見直しへ 人件費4億円縮減
2020-11-09 学術会議「同意ない性交、犯罪に」刑法改正へ提言
2020-12-09 日本学術会議、政府から切り離し 最終的には会費や寄付で運営へ
2021-04-22 学術会議「6人任命しろ 拒否するなら個別の理由を示せ」

この8本のうち、5年半で答えが出たものが6本ある。順に見ていく。

【当たり】非政府組織化は、本当に実現した

2020年10月8日の「自民党が非政府組織化議論へ」は、当時のネットでは半分冗談として受け取られていた。政府の一機関を組織ごと外に出すという話が、任命拒否の騒ぎから3か月で実現するとは誰も思っていない。

結果を先に書くと、実現までに4年8か月かかったが、実現はした

時期 起きたこと
2020年10月 自民党プロジェクトチームが非政府組織化を含む見直しの議論を開始
2024年12月 「日本学術会議の在り方に関する有識者懇談会」が最終報告書で法人化を提言
2025年6月11日 新しい日本学術会議法(令和7年法律第70号)が成立
2026年10月1日 特殊法人へ移行(予定)

現行法は廃止され、「国の特別の機関」ではなくなる。学術会議側はすでに法人化準備委員会と候補者選考委員会を設置して移行作業に入っている。

【外れ】「10億円がパー」にはならなかった

同じ見出しの後半、「騒いだせいで10億円がパーになるかも」のほうは外れた。国から切り離されても、国の財政措置は続く。内閣府が2025年4月に出した法案見解には、こう書いてある。

「我が国の科学者を内外に代表する地位、政府に勧告する権限、政府による財政措置等は法人化後も継続することとしました」
— 内閣府大臣官房総合政策推進室「日本学術会議法案に関する見解について」(2025年4月8日)

予算そのものも消えていない。学術会議が総会に出した予算推移資料では、こうなっている。

年度 予算総額 うち人件費等の事務局経費
令和2年度(2020) 10億4,900万円 3億6,500万円
令和3年度(2021) 9億8,500万円 3億1,200万円
令和4年度(2022) 9億5,000万円 2億7,800万円
令和5年度(2023) 9億4,900万円 2億4,100万円

「パー」どころか1割減である。ただし2020年12月の「最終的には会費や寄付で運営へ」のほうは、完全な外れとも言い切れない。学術会議は法人化準備委員会の下に「自己資金検討ワーキンググループ」を置いていて、内閣府の見解にも「政府からの財政支援のみに依存せず、民間からの寄附金を始めとした財源の多様化を図るよう努めることが期待される」と書かれている。丸ごと会費と寄付になるのではなく、その方向を向かされているというのが正確なところだ。

【不正確】「千人計画に積極的に協力」— 引っ込めたのは表現だけだった

この騒動でいちばん拡散したのが、中国の頭脳招致事業「千人計画」に学術会議が協力しているという話だった。当サイトも2020年10月2日に「積極的に協力してたと判明」という見出しで出している。

出どころは、自民党の甘利明氏が2020年8月6日にブログ「国会リポート第410号」で書いた次の一節だった。

「日本学術会議は防衛省予算を使った研究開発には参加を禁じていますが、中国の『外国人研究者ヘッドハンティングプラン』である『千人計画』には積極的に協力しています」
— 甘利明氏ブログ「国会リポート第410号」(2020年8月6日・後に修正)

材料そのものは実在した

先に、この話が伸びた理由のほうを書く。学術会議が中国科学技術協会と協力覚書を結んでいたのは事実である。2020年10月8日の参院内閣委員会で、三ッ林裕巳内閣府副大臣が「覚書につきましては、日本学術会議と中国科学技術協会の間で二〇一五年に結ばれたものであります」と答弁している。同じ委員会で山谷えり子議員は、相互協力の覚書を結んでいるのは中国と韓国だけだと指摘した。

一方で学術会議は2017年、防衛装備庁の研究資金制度に事実上のブレーキをかける声明を出している。防衛省の金は断るのに中国とは覚書を結ぶのか——甘利氏が言いたかったのはここで、後の釈明でも「日本の公的機関でありながら対日本と対中国との対応の落差を指摘したかった」と書いている。論点としては成立する。

引っ込めたのは「積極的」の一語だけだった

問題は、覚書の存在から「千人計画に積極的に協力」までの距離である。甘利氏は2020年10月11日のフジテレビ「日曜報道 THE PRIME」で真意を問われ、千人計画に参加している日本人研究者が複数いることを挙げたうえで、「学術会議のメンバーかどうかは私確認していませんけど」と答えている

そして10月12日、ブログの当該部分は「間接的に協力しているように映ります」に書き換えられた。同日夜の釈明はこうである。

「『積極的に協力』と云う表現が適切でないとしたら『間接的に協力していることになりはしないか』と改めさせて頂きます」
— 甘利明氏ブログ(2020年10月12日)

断定はやめたが、謝罪はなく、翌13日には記者団に「全く協力をしていないというふうに、私には見えなかった」とも語っている。訂正はしたが、撤回はしていない

ここで起きたことを正確に言うと、「協力しています」から「協力しているように映ります」へ、文の種類が変わった。前者は事実の断定なので、事実で否定できる。後者は書き手の内心の報告なので、外から否定する手段がない。学術会議は「そのような事実はありません」と事実は否定できるが、「あなたにそう映った」は否定できないからだ。

修正後の文は「デマ」ではない。ただしそれは、正確になったからではなく、真偽を判定できない形になったからである。
同じ形は中身が空でも使える。「反日組織のように映ります」「中国の意向を受けているように映ります」——材料ゼロでも文としては同じ強度で成立し、同じように反証できない。「映る」で終わる文は、内容ではなく形が検証を無効にしている

代償もある。断定を降りた瞬間に、言明としての価値も消える。「積極的に協力しています」は嘘なら責任が生じるが情報ではある。「協力しているように映ります」は責任も情報も無い。安全になったのではなく、空になった。それでも受け取る側には「訂正して落ち着いた」という決着感だけが残る。

その覚書は、何も動いていなかった

肝心の覚書のほうも、後から中身が出てきた。締結当時の会長だった大西隆・東京大名誉教授はBuzzFeed Newsの取材に、覚書は中国側からの要請で「拒むほど強い理由もない」ため善隣友好の意味で結んだが、結果として実効性を伴わないものになったと答えている。学術会議事務局も、予算の制約から中国に限らずどの国とも国際的な研究プロジェクトは実施できていないとしている。

組織としての協力についても、国会で正面から否定されている。

「日本学術会議は、多国間や二国間の枠組みを通じましていろいろな学術交流は行っておりますけれども、そのような、いわゆる千人計画を支援するような学術交流事業は全く行っておりません」
— 福井仁史・内閣府日本学術会議事務局長(2020年12月2日 衆院科学技術・イノベーション推進特別委員会)

ところが「無関係」も証明されていない

ここで話は終わらない。個々の研究者が千人計画に参加していたかどうかについて、政府はこう答弁している。

「詳細については、中国政府が公表していないこともあり、把握できない状況にございます。そのため、文部科学省としては、個別の研究者のこの計画への参加については承知できないと申し上げざるを得ない」
— 合田哲雄・文部科学省科学技術・学術総括官(2021年4月28日 衆院内閣委員会)

つまり「学術会議が組織として協力した事実はない」は確認されたが、「日本の研究者が千人計画にどれだけ入っていたか」は今も分かっていない。読売新聞は2021年1月1日の朝刊一面で、44人の日本人研究者が千人計画に参加または関連する表彰を受けていたと報じている。

そして政府は2021年4月27日、統合イノベーション戦略推進会議で研究インテグリティの確保に係る対応方針を決定した。競争的研究費の申請時に、国外を含めた研究資金の受入れ状況、兼業、外国の人材登用プログラムへの参加を申告させる仕組みである。見出しの根拠は崩れたが、懸念のほうは制度になった

当サイトが外したのは「事実」ではなく「語」である。覚書は実在し、対日本と対中国の落差という論点も成立する。甘利氏もその2つは材料として出している。出さなかったのは、そこから「学術会議が組織として千人計画に協力している」まで飛ぶための根拠だけだ。
にもかかわらず当サイトは、その飛躍を「判明」という語で出した。「判明」は確認済みの事実に使う語であって、書き手が納得した推測に使う語ではない。甘利氏は「映ります」で検証を降り、当サイトは「判明」で検証済みの顔だけ借りた。方向は逆だが、どちらも主張の中身ではなく語形で信頼度を操作している。当時これが伸びたのは、内容が完全な嘘だったからではなく、片付かない話に片付いた見出しが付いたからだった。

【当たり】事務局のコストは、実際に削られた

2020年10月23日、河野太郎行政改革担当相が学術会議事務局の見直しに動いた。常勤職員約50人が全員中央省庁の官僚である体制を問題視し、民間委託で人件費を縮減するという話で、当サイトも「人件費4億円縮減」の見出しで扱っている。

人件費等の事務局経費:3億6,500万円(2020年度)→ 2億4,100万円(2023年度)
3年で1億2,400万円、率にして34%減。ただし報道時の見出しにあった「4億円」は事務局人件費の総額を指しており、削減幅そのものではない。「4億円削る」という話ではなかった点は注意がいる。

数字としては、この見出しは当たりに入る。学術会議が反発しようがしまいが、コストは実際に削られた。

【皮肉】当時叩いていた学術会議の提言が、法律になっていた

騒動の真っ最中の2020年11月9日、学術会議は刑法改正の提言を出している。当サイトの見出しは「学術会議『同意ない性交、犯罪に』刑法改正へ提言」。あの時期に学術会議が何か言うと、内容にかかわらず全部が的だった。

その後どうなったか。2023年6月23日に改正刑法が成立し、7月13日に施行された。強制性交等罪は「不同意性交等罪」に改められ、性交同意年齢は13歳から16歳へ引き上げられた。

提言が直接の原因だと言うつもりはない。法制審議会の議論は別に走っていた。ただ、「10億円で何をやってるんだ」と言われていた組織の提言のうち、少なくとも1本は3年で法律になっている。これは当時の見出しには1行も入っていなかった情報である。

【未決着】6人は今も任命されていない。ただし任命制度ごと消える

騒動の出発点だった6人はどうなったか。答えは今も任命されていない。2023年の次期会員選考でも、学術会議は6人を候補者リストに含めなかった。再推薦すれば政府の拒否を追認する形になる、という判断である。

ところが、決着は別のところから来た。新しい法律では、首相が会員を任命する仕組みそのものが無くなる。

論点 現行(〜2026年9月) 新法(2026年10月〜)
会員の任命 学術会議が推薦し、内閣総理大臣が任命 学術会議だけで選考・選任(首相の任命なし)
組織形態 国の特別の機関 特別の法律により設立される法人
政府への勧告権 あり あり(継続)
国の財政措置 あり あり(継続)
外部の関与 運営助言委員会・監事による監査を新設

任命拒否の是非を争っていた土俵が、そのまま撤去された形になる。6人が任命されることは、制度上もう起きない。

答え合わせ一覧

2020年秋に言われていたこと 判定
学術会議は政府から切り離される ◎ 当たり(2026年10月)
騒いだせいで10億円がパーになる × 外れ(9億4,900万円で存続)
最終的には会費や寄付で運営 △ 一部(自己資金は検討中・国費は継続)
千人計画に積極的に協力していた △ 不正確(覚書は実在/根拠は不明のまま)
事務局の人件費は削られる ◎ 当たり(3年で34%減)
任命拒否された6人は任命される × 外れ(任命制度ごと廃止)

6本中2本が当たり、2本が外れ、2本がその中間。改革を求めた側の主張はおおむね通り、その通り方は「学術会議を叩き潰した」ではなく「国の機関から出して独立させ、金は出し続ける」だった
そして当時いちばん燃えた千人計画の話は、「デマだった」でも「本当だった」でも終わっていない。学術会議が組織として協力した事実は国会で否定され、根拠は最後まで出てこなかった。一方で懸念のほうは研究インテグリティの制度として残り、日本人研究者の参加実態は今も政府が把握できていない。5年半あっても白黒がつかない話に、10日で白黒をつけたのが2020年秋だった。
なお、この答え合わせにはまだ空きマスが1つある。特殊法人への移行は2026年10月1日で、本記事の公開時点で残り約6週間。首相の任命権が消える代わりに、中期計画・年度計画・監事の監査・評価委員会が毎年動く法人になる。一発で止める仕組みを手放して、毎年効く仕組みに替えたわけで、実際にどちらがよく効くかは10月以降の話になる。

出典

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