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スターリンとは何者だったのか——数百万人を殺した男がヒトラーを倒した話

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「一人の死は悲劇だが、百万人の死は統計だ」——この言葉はスターリンが言ったとされるが、確実な出典は確認されていない。しかし彼が実際に命じた粛清・強制労働・意図的な飢饉で死んだ自国民は数百万から数千万人とされ、その凄惨さは言葉に余る。

そして同じ人物が、ヒトラーのドイツを最大の犠牲を払って倒した指導者でもある。スターリンを単純に語れる人間はいない。

この記事で分かる「へぇ」
  • 生まれはグルジア(現ジョージア)。ロシア人ではない——ロシア帝国を支配したのは非ロシア人だった
  • 本名はヨシフ・ジュガシヴィリ。「スターリン」は「鋼鉄の人」という意の偽名
  • 革命前は銀行強盗・誘拐で資金調達する犯罪者だった(ボルシェビキのために)
  • 「大粛清(1936〜38年)」で殺した幹部の多くは革命を共に戦った同志たちだった
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グルジア生まれの「帝国の支配者」

スターリンの出自とグルジア時代のイメージ

ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・ジュガシヴィリは1878年12月18日(旧暦)、ロシア帝国支配下のグルジア(現ジョージア)のゴリに生まれた。父は靴職人で酒乱、母は洗濯婦。貧しい家庭に育ちながら神学校で優秀な成績を収めたが、マルクス主義思想を読み始め退学した。

以後、革命運動に身を投じた。銀行を襲撃して革命資金を調達する「収奪」作戦を指揮し、逮捕・流刑・脱走を繰り返した。この時期に「スターリン(鋼鉄の人)」というペンネームを使い始めた。

1917年のロシア革命ではレーニンの側近として民族問題担当人民委員に就任。レーニンは晩年の「遺書」(「レーニンの遺言」)でスターリンを「粗暴すぎる」「幹事長の地位に留まるべきでない」と警告したが、この文書は一時隠蔽された。

出典: レーニン「大会への手紙」(1923年12月)

1924年のレーニン死後、トロツキー・ジノヴィエフ・カーメネフらとの権力闘争に勝利し、1920年代末に最高権力者の座を固めた。

強制集団化・ホロドモール・大粛清

H2:強制集団化・ホロドモール・大粛清

スターリン体制が生んだ3つの大量死:

①農業集団化と「クラーク(富農)の清算」(1930年代初頭): 農民の農地・家畜を強制的に集団農場(コルホーズ)に移した。抵抗した農民は「クラーク」(富農)として弾圧・殺害・追放された。

②ホロドモール(1932〜33年):ウクライナで発生した大規模飢饉。穀物の強制徴発によって農民が食料を奪われ、村から出ることも禁じられた。ウクライナ政府はこれを「意図的な大量虐殺(ジェノサイド)」と認定しており、死者は少なくとも350万〜500万人以上とされる(推計に幅あり)。日本を含む多くの国もジェノサイドと認定している。

出典: ウクライナ政府資料 / ホロコースト・ジェノサイド研究者の各種推計

③大粛清(1936〜38年): 「反革命分子」「スパイ」の疑いをかけて共産党幹部・軍将官・知識人を大量逮捕・処刑した。被害者は75〜120万人が銃殺され、数百万人が強制労働収容所(グラーグ)に送られたとされる(各種歴史家推計)。粛清の対象には革命を共に戦ったかつての同志も多数含まれた。

出典: Robert Conquest “The Great Terror” (1968/2008) / アレクサンドル・ヤコブレフ財団資料

第二次世界大戦——最大の功績と最大のコスト

H2:第二次世界大戦——最大の功績と最大のコスト
対独戦争でのソ連の勝利とスターリンのイメージ

1941年6月、ナチスドイツがソ連に侵攻(バルバロッサ作戦)。スターリンは初期に判断ミスを重ね、ドイツ軍は急速に進撃した。しかし最終的にスターリングラード(1942〜43年)・クルスク・ベルリンと押し返し、1945年5月にドイツを倒した。

第二次世界大戦でのソ連の損失は、軍人・民間人合わせて約2700万人(ロシア・ソ連側推計)とされる。これは連合国全体の損失の中でも最大規模だ。「スターリンがヒトラーを倒した」という評価と「その犠牲の大きさはスターリン自身の無能・粛清による士官不足が一因」という批判は両立する。

出典: 各種WWII史料・ロシア連邦公文書館データ

まとめ:「勝者の記録」と「犠牲者の沈黙」

スターリンは1953年3月5日、74歳で死去(脳卒中)。死後、フルシチョフが「スターリン批判」(1956年)で独裁と個人崇拝を公式に否定した。

しかしロシアでは2000年代以降、「偉大な指導者」として再評価する動きもある。「戦争に勝った」という事実が、数百万の粛清と飢饉死を塗りつぶす構造——ロシアとウクライナの現在の対立を見ていると、スターリンが撒いた種は今も育っていることが分かる。

アイキャッチ写真: ソ連政府公式写真(Wikimedia Commons, パブリックドメイン)を使用。

コメント

  1. スターリンのソ連はアメリカの莫大な武器援助のおかげでナチスに勝利できた

    • 『バルバロッサ作戦』パウル・カレル著(元親衛隊幹部で明らかに当時のドイツに擁護的・同情的な筆致)とか読むに、レンドリースが無くてもドイツはソ連に勝てなかったと思うよ。勿論、レンドリースが無ければソ連はもっと苦戦したし、攻勢に転じてからも大規模な縦深作戦を成功させるのは難しく、戦争は長引いただろうとは思うけれどね。

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