「鉄の女」と「魔女」——同一人物への評価が両極端に割れた韓国初の女性大統領が、朴槿恵(パク・クネ)だ。軍事独裁者の娘として生まれ、初の女性大統領になり、史上初の大統領弾劾・失職という3つの「初」を一身に体現した。
その転落の中心にあったのは、幼なじみの「シャーマン」と呼ばれた民間人女性との関係だった。
- 父・朴正熙が1974年に暗殺未遂に遭い、その流れ弾で母が死亡——22歳での「ファーストレディ」就任
- 崔順実(チェ・スンシル)は正式な職も肩書もない民間人なのに大統領演説の原稿まで事前に見ていた
- 弾劾決議時に国会前に集まったのは弾劾賛成派と反対派の両方。ろうそく集会vs太極旗集会という構図
- 2021年12月、文在寅大統領が特赦で釈放——なぜ保革逆転の特赦だったかが謎として残る
独裁者の娘としての原体験

朴槿恵は1952年2月2日、大邱生まれ。父・朴正熙は1961年のクーデターで権力を掌握し、1963年から第3代韓国大統領として長期独裁体制を築いた人物だ。
1974年8月15日——光復節の記念式典中に朴正熙への暗殺未遂事件が起きた。犯人の銃弾は朴正熙を外れ、壇上に座っていた母・陸英修に命中。陸英修はその日のうちに死亡した。槿恵は22歳だった。以後、ファーストレディ代理としての役を担うことになる。
1979年10月、父・朴正熙が側近の中央情報部長に射殺され独裁体制が終焉。槿恵は「光州事件などの弾圧に父は関係なかった」という信念を後年も持ち続けた。この「父の名誉回復」が、政治家としての原動力の一つだったとされる。
初の女性大統領——そして崔順実ゲート
2013年2月、60歳で韓国第18代大統領に就任。韓国初の女性大統領として内外から注目を集めた。
就任後は「創造経済」「文化隆盛」を掲げ、日本・中国外交では父の時代の遺産を利用しながら独自路線を模索した。2015年の「日韓慰安婦合意」(岸田外相との合意)は就任中の数少ない外交成果だが、後に文在寅政権が事実上破棄している。
弾劾・失職・逮捕

スキャンダル発覚後、ソウル都心部では毎週土曜日に弾劾を求めるろうそく集会が開かれ、最大で約200万人(主催者発表)が参加。一方、支持者は太極旗(韓国国旗)を手に反弾劾集会を開くという、市民が広場で二極化する光景が続いた。
2016年12月9日、国会が賛成234票(定数300)で弾劾訴追を可決。2017年3月10日、憲法裁判所が全員一致で弾劾を認定し、朴槿恵は大統領を失職した。
ところが2021年12月31日、革新系の文在寅大統領が保守の朴槿恵を特赦・釈放。「国民の統合のため」という理由だったが、来たる大統領選への政治的配慮との見方が絶えない。
まとめ:「父の娘」が作り上げた、そして壊した
父・朴正熙の権威と人脈を政治資源に使い、頂点まで上り詰めた。しかし「崔家との特別な関係」という個人的な弱点が、積み上げた政治キャリアを一気に崩した。韓国政治の強さ(市民による弾劾)と弱さ(属人的な権力運用)を同時に体現した大統領として、朴槿恵の名は残り続ける。






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