「聞く力」を売りにした男が、最後まで「聞いているのか」と疑われ続けた。岸田文雄の3年2か月(2021年10月〜2024年10月)は、日本政治史上最も「静かに終わった」長期政権として記憶されるかもしれない。
激しくなく、目立たず、しかし動いていた——岸田政権が残したものを棚卸しする。
- 自民党内で「宏池会(リベラル派)」の長。安倍路線の継承者に見えて、実は別路線だった
- 防衛費のGDP比2%への倍増と反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を決定——戦後安保の最大転換
- 安倍国葬・旧統一教会問題で内閣支持率が急落し、以後ほぼ回復しないまま退陣した
- 「異次元の少子化対策」を掲げたが、財源をめぐり「子ども・子育て支援金」名目の実質増負担批判に晒された
「宏池会のプリンス」という出発点

岸田文雄は1957年7月29日、広島県広島市生まれ。父・岸田文武は通産省官僚から政治家に転じ、母方の祖父・大橋武夫も衆議院議員という政界家系だ。
早稲田大学法学部卒業後、長銀(日本長期信用銀行)に就職。父の秘書を経て1993年に初当選。以後9期連続当選で広島1区を守り続けた。
外務大臣(2012〜2017年)として安倍政権に仕え、日米安保・TPP・慰安婦問題の日韓合意などを担当。「安倍の外交路線の実務者」として名を上げた。その後、自民党政調会長、2021年の自民党総裁選で菅を破り10月に首相就任。
戦後安保の最大転換——「専守防衛」の塀を越えた
岸田政権の最大の「実績」として挙げられるのが安保政策の大転換だ。
2022年12月、防衛費をGDP比2%に引き上げる(従来比ほぼ倍増)という方針を閣議決定。さらに「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有も認め、戦後の「専守防衛」原則を実質的に拡大した。
「ハト派の宏池会から出た首相が戦後最大の防衛費増強を決めた」という皮肉は、当時も今も語られる。
またG7広島サミット(2023年5月)を地元・広島で主催し、「核兵器のない世界」を訴えた。被爆地でのサミットという象徴的な演出は国際的に注目されたが、同時に核保有国のG7が集まることへの批判も根強かった。
「聞く力」と支持率崩壊

就任時のキャッチフレーズ「聞く力」は2年もたたずに皮肉の対象になった。
①安倍元首相の国葬問題(2022年): 2022年7月の安倍銃撃死を受け、「国葬」を閣議決定のみで実施した。国会審議なし・法的根拠曖昧・費用問題が重なり、内閣支持率が急落。
②旧統一教会との自民党関係(2022〜): 銃撃事件をきっかけに自民党議員と旧統一教会の関係が次々と発覚。岸田は「点検・見直し」を指示したが、対応の遅さへの批判は止まらなかった。
③政治資金パーティー問題(2023〜2024年): 自民党各派閥のパーティー収入の裏金化が発覚。安倍派(清和会)を中心に複数の大臣・幹事長経験者が捜査対象に。岸田は安倍派・二階派・岸田派の解散を発表したが、「派閥を壊してガス抜きしただけ」という批判もあった。
「異次元の少子化対策」と財源の迷走
2023年初、岸田は「異次元の少子化対策」を宣言した。児童手当の拡充・保育士の処遇改善・育休取得促進などをセットにした政策パッケージだ。
しかし財源をめぐって混乱が生じる。「子ども・子育て支援金」と名付けた新たな制度が、実質的には医療保険料への上乗せ徴収であることが明らかになり、「増税ではない」という首相発言との乖離を野党と世論が問い続けた。
「異次元」という言葉の割に、肝心の出生率は2023年に過去最低の1.20(厚生労働省)を記録した(2024年発表値)。
まとめ:「静かな転換期」の宰相
安倍・菅ほどの強権さはなく、「聞く力」は皮肉に変わり、支持率は回復しないまま2024年10月に退陣した。しかし退陣後に振り返ると、防衛費倍増・反撃能力保有・G7広島サミットという戦後日本の転換点が岸田政権に集まっていた。
「存在感がなかった」と言われながら、安保の塀を静かに越えた男——岸田文雄の評価は、それが正しかったか否か、10年後に問われるだろう。






コメント
どんな仕事でも長くやっていると本質を見失う。
そうと分かっていても流れには逆らえなくなる。
政治家とは何をする者か、派閥を維持し、利権を世話し、
金を集め、特権を与え、金権で地盤を固める。
それが政治をする事だと本気で思うようになる。
他の問題外の左派政党は置いても、自民党はそういった
政党だよ、全てがダメとは言わんが岸田政権はその範疇。
公明がパージされ高市政権下で是非にこういった体質を
是正してもらいたいね。