スポンサーリンク

1年前にウクライナ戦争に行ってたけど質問ある?

国際
1: 名無しさん ID:8spn
英語は少ししか話せなかったから基本的には後方支援だった
2: 名無しさん ID:uWXt
ほーんどこの部隊所属やったん
4: 名無しさん ID:8spn
>>2
正確には部隊にすら入ってない
衛生看護やってた
3: 名無しさん ID:8spn
ウクライナ侵攻が始まってからすぐに日本を発った
💡 3行でわかるスレ概要
  • 過酷な後方支援: 語学力が乏しく衛生看護(後方支援)としてウクライナに渡り、ひたすら負傷兵の治療や瓦礫下の救助を続けた日本人の告白。
  • 生存者1人の現実: 行を共にした他国籍の同期義勇兵・医療ボランティア27名が全員戦死し、自分だけが生き残ったという壮絶なトラウマ。
  • 深まる戦場の心の傷: 目の前で命を落とす少女や同僚たちを見送り、帰国後もPTSD(心的外傷後ストレス障害)の苦しみを抱えながら暮らす現実。
5: 名無しさん ID:1GHu
証拠ある?
8: 名無しさん ID:8spn
>>5
スマホとかは最初は持って行ってたんやけど
空爆とかされたりして建物の壁が落ちたりして私物はほとんど無くなった
6: 名無しさん ID:8spn
ずうーとひたすら怪我したウクライナ人を治療してた
7: 名無しさん ID:7rRf
どの地域いたの
14: 名無しさん ID:8spn
>>7
キーウにもいたし基本的にオーブラスチだよ
戦争が激化するから基本的に移動→治療→移動→治療
の繰り返しだった
10: 名無しさん ID:xHUj
何人?
15: 名無しさん ID:8spn
包帯巻いてガラス編をひたすらピンセットで取ってた
もうきりがないってレベル
16: 名無しさん ID:FoJm
ママ?
17: 名無しさん ID:8spn
>>16
マジや
20: 名無しさん ID:FoJm
>>17
マジか戦争止めに行ったママはおったんやな…
18: 名無しさん ID:IVwc
>>17
質問の答えになってないぞ
22: 名無しさん ID:8spn
>>18
マジ?の誤変換じゃないのか?
19: 名無しさん ID:oTuf
母親だったんか…
21: 名無しさん ID:8spn
ちょうど四年半発った頃に
あーこれワイ壊れるかもって思って抜けてきたんや
24: 名無しさん ID:gKJo
>>21
抜ける前になんか物盗んだりした?
26: 名無しさん ID:8spn
>>24
してない
むしろみんななにも持ってないし
そんな余裕ない
ひたすら患者が運ばれて来るんやで
23: 名無しさん ID:8spn
ちなみに抜けたのはポーランド経由や
29: 名無しさん ID:1GHu
なんて薄い話なんや・・・
普通は自分が経験したことすべてを嬉々として書き込むやろ
34: 名無しさん ID:8spn
>>29
小さな子供が何人も死んでいったよ
死んでるかわからないギリギリ息してるってだけでひたすら病院に運び込まれるからな
どうみてももうあと数分しか持たない即死の患者がひたすら運び込まれた
25: 名無しさん ID:7rRf
他に外国人いた?
30: 名無しさん ID:8spn
ウクライナ兵士の中には日本人兵士、アメリカ人兵士、フランス人兵士もおったな
会ったのは最初の初期のころや
そのうち日本人兵士は亡くなった
33: 名無しさん ID:CN14
ミサイル飛んできた?
36: 名無しさん ID:8spn
>>33
飛んできた
もうサイレン鳴ったらすぐに近くの防空壕?みたいな奴に隠れたわ
建物の中に入して身体を丸くして耳を塞ぐんや
鼓膜が破けるから
35: 名無しさん ID:DlFZ
元々何の仕事してたんや
37: 名無しさん ID:8spn
>>35
派遣で病院事務してた
39: 名無しさん ID:DlFZ
>>39
今は何しとるん?
44: 名無しさん ID:8spn
>>39
今は実家に帰って親の仕事を手伝いしながら自分の仕事をしてる
40: 名無しさん ID:8spn
さっきまで話してたウクライナ人が防空壕出た瞬間ミサイルが目の前の車に落ちて吹き飛んで死ぬとか当たり前やった
行って1ヶ月で後悔した
42: 名無しさん ID:7rRf
どこの団体、機関の医療班として行ったんや?
48: 名無しさん ID:8spn
>>42
最初は団体や病院名とかあったけどミサイル落ちて半分死んでるからもう部隊編成的にはメチャクチャよ
生き残ってる人間でひたすら患者を見てくってやつ
もうなりふりかまってられなかった
だって目の前で普通に人が死ぬんだから
さっきまで治療の相談してた看護士や医師が死ぬんだぜ
50: 名無しさん ID:7rRf
>>48
その最初の言えよカス
52: 名無しさん ID:8spn
>>50
なんかワッペンとバッチみたいなの貰ったけど
ミサイル落ちたときにどっか言った
54: 名無しさん ID:7rRf
>>52
しょーもな
本当なら遺骨で帰ってくるべきだったな
57: 名無しさん ID:8spn
>>54
ワイと一緒に行った同期義勇兵27人は死亡してる
📊 管理人のデータ補足:ウクライナ外国人義勇兵の現実

ウクライナ軍の外国人義勇兵部隊(領土防衛部隊外国人軍団など)には、侵攻開始以来世界75カ国から1万人以上が従軍し、現在も約2万人が防衛部隊に在籍していると推計されています。最近では経済的な理由からコロンビアなどの南米出身の元正規兵の参加も急増していますが、最戦線での死傷率は極めて高いのが実態です。

日本人義勇兵の状況:
日本政府はウクライナ全土に退避勧告を出していますが、侵攻初期には約70人の志願者がいたと報じられています。ウクライナ側での戦死者としては、2022年11月、東部戦線で戦死した20代の日本人男性(通称「ドブレ」、元陸上自衛隊員)が初の公式な戦死者として外務省に確認されました。彼は亡くなる直前、数日前に戦死した台湾人義勇兵・曽聖光氏の死を悼む投稿をSNSに残しており、その直後に自らも帰らぬ人となりました。

戦場がもたらす精神的破壊:
スレ主が語る「心がダメになった」という精神的な崩壊は、戦闘地域にいた多くのボランティアや兵士が直面する過酷な現実です。アメリカのデータ(ブラウン大学「Costs of War」プロジェクトなど)によれば、2001年の「対テロ戦争」開始以降に帰還した米兵の自殺者数は3万人を超え、実際の戦闘による戦死者(約7,000人)の4倍以上に達しています。戦場から生還した後の「心の闘い」こそが、最も過酷なもう一つの戦場と言えます。

43: 名無しさん ID:DlFZ
本当なら勇気あるな
53: 名無しさん ID:8spn
そんでひたすら治療していったときにワイの膝元にきてた幼女(多分7才位)の子供が瓦礫の下敷きになって死んだ
母親はずっと泣いてたワイも泣いてた
いっつもワイが休憩してるところにとことこ歩いてくるチビッ子やったんや
その子が死んでからワイの心はダメになったんやと思う
65: 名無しさん ID:AC0e
>>56
抱いてあげろ
67: 名無しさん ID:8spn
>>65
抱き締めたよ
69: 名無しさん ID:AC0e
>>67
うむ
58: 名無しさん ID:fpnf
なんでわざわざウクライナ行ったねん
60: 名無しさん ID:8spn
>>58
助けるためだよ
59: 名無しさん ID:8spn
そんでとうとう『あっダメだ無理だ。いつまで続くんだよこれ』って言ってから
治療できなくなってきたんや

そんで急遽ワイは帰国する胸を伝えてウクライナからポーランド
ポーランドから日本に帰国したんや

61: 名無しさん ID:8spn
先月最後のワイと同期の1人が死亡したことをメールでそいつの友人経由で確認した

当時のワイと一緒に行った同期他国籍の外国人を含む、ワイ意外の全員がが死亡したと

62: 名無しさん ID:8spn
アレクサンドラ(アレックス)や韓国人のキムとか
他にもたくさんいたんやけど良く仲良くしてたのが韓国人のキムとアレックスやった
ちなみにアレックスはロシアとウクライナとフィリピンとアメリカのクォーターや
63: 名無しさん ID:8spn
ちなみこれ実話や
帰ったらみんなで日本に来いよ
ワイが観光案内するって約束してた
64: 名無しさん ID:8spn
韓国人のキムはワイが少し韓国語話せたし、キムも日本語を話せたからよく会話してた
ちなみにキムは在日韓国人やった
66: 名無しさん ID:8spn
ワイだけ生き残ってほんまにゴメン
本当に戦い抜けなくてごめん
一緒に連れて帰れなくてごめん
これからお前らの実家の両親たちにワイからどんな活躍をしたのか話にいくよ
68: 名無しさん ID:AC0e
>>66
イッチの想いは生きてなくては残せなかった
生きていてくれてありがとう
70: 名無しさん ID:8spn
そんで今は実家で金を貯めて仲間の家に行く予定
結局ワイの手元に残ったのは小さなノート一冊や
仲間の名前と住所が書いてあるノートこれひとつだけ
ずっと胸ポケットの内側に入れてたノートだけや
71: 名無しさん ID:fpnf
一人だけ生き残って食う飯は美味いか?
72: 名無しさん ID:8spn
>>71
しょっぱいよ
73: 名無しさん ID:8spn
じゃあこれから親の手伝いやから

またな

74: 名無しさん ID:AC0e
頑張って生きような

スポンサーリンク

管理人まとめ:生還者の『しょっぱい』涙と戦場の傷痕

スレ主の「一人だけ生き残って食う飯は美味しいか?」という心ない問いに対する、「しょっぱいよ」という一言。この短い返答に、言葉にできないほどの後悔、罪悪感(サバイバーズ・ギルト)、そして亡くなった仲間たちへの哀悼がすべて詰まっているように感じられます。

私たちはニュースで「戦況」や「兵器の支援」といったマクロな数字を目にしがちですが、その現場で泥にまみれ、血を流し、精神をすり減らしているのは、スレ主のような生身の人間です。後方支援の衛生看護であっても、目の前で幼い命が失われ、さっきまで話していた仲間がミサイルで吹き飛ぶ日常は、日常と呼ぶにはあまりにも残酷すぎます。

スレ主が抱える「自分だけが生き残ってしまった」という激しい苦痛や、何を見ても焦点が合わなくなるような精神的解離は、まさに『1000ヤードの凝視』と呼ばれる戦闘ストレス反応そのものです。

※「1000ヤードの凝視」についての臨床的定義や、ベトナム、イラク、そしてウクライナ(ゼレンスキー大統領)に至るまでの歴史的な象徴写真については、当サイトの解説記事1000ヤードの凝視ってなんやねんw — ゼレンスキーから歴代兵士まで「死んだ目」全部まとめた件で詳しくまとめています。戦争が個人の心に何を残すのか、併せてぜひご一読ください。

生き残ったスレ主が、ポケットのノートに書かれた仲間の実家を訪ね、彼らの生きた証を届ける旅。その旅が、彼の傷ついた心を少しでも癒やす一助になることを願ってやみません。


出典・参考:
・ウクライナ軍外国人義勇兵部隊(領土防衛部隊外国人軍団など)従軍数・活動状況に関する報道より
・日本人外国人義勇兵戦死者(通称ドブレ氏)に関する外務省公表および報道より
・ブラウン大学「Costs of War」退役軍人自殺統計データより

コメント

  1. ドブレさん、無事だったの??

  2. ドブレさんが最初の公式の戦死者だと書いてあるだろ

タイトルとURLをコピーしました