正確には部隊にすら入ってない
衛生看護やってた
- 過酷な後方支援: 語学力が乏しく衛生看護(後方支援)としてウクライナに渡り、ひたすら負傷兵の治療や瓦礫下の救助を続けた日本人の告白。
- 生存者1人の現実: 行を共にした他国籍の同期義勇兵・医療ボランティア27名が全員戦死し、自分だけが生き残ったという壮絶なトラウマ。
- 深まる戦場の心の傷: 目の前で命を落とす少女や同僚たちを見送り、帰国後もPTSD(心的外傷後ストレス障害)の苦しみを抱えながら暮らす現実。
スマホとかは最初は持って行ってたんやけど
空爆とかされたりして建物の壁が落ちたりして私物はほとんど無くなった
キーウにもいたし基本的にオーブラスチだよ
戦争が激化するから基本的に移動→治療→移動→治療
の繰り返しだった
もうきりがないってレベル
マジや
マジか戦争止めに行ったママはおったんやな…
質問の答えになってないぞ
マジ?の誤変換じゃないのか?
あーこれワイ壊れるかもって思って抜けてきたんや
抜ける前になんか物盗んだりした?
してない
むしろみんななにも持ってないし
そんな余裕ない
ひたすら患者が運ばれて来るんやで
普通は自分が経験したことすべてを嬉々として書き込むやろ
小さな子供が何人も死んでいったよ
死んでるかわからないギリギリ息してるってだけでひたすら病院に運び込まれるからな
どうみてももうあと数分しか持たない即死の患者がひたすら運び込まれた
会ったのは最初の初期のころや
そのうち日本人兵士は亡くなった
飛んできた
もうサイレン鳴ったらすぐに近くの防空壕?みたいな奴に隠れたわ
建物の中に入して身体を丸くして耳を塞ぐんや
鼓膜が破けるから
派遣で病院事務してた
今は何しとるん?
今は実家に帰って親の仕事を手伝いしながら自分の仕事をしてる
行って1ヶ月で後悔した
最初は団体や病院名とかあったけどミサイル落ちて半分死んでるからもう部隊編成的にはメチャクチャよ
生き残ってる人間でひたすら患者を見てくってやつ
もうなりふりかまってられなかった
だって目の前で普通に人が死ぬんだから
さっきまで治療の相談してた看護士や医師が死ぬんだぜ
その最初の言えよカス
なんかワッペンとバッチみたいなの貰ったけど
ミサイル落ちたときにどっか言った
しょーもな
本当なら遺骨で帰ってくるべきだったな
ワイと一緒に行った同期義勇兵27人は死亡してる
ウクライナ軍の外国人義勇兵部隊(領土防衛部隊外国人軍団など)には、侵攻開始以来世界75カ国から1万人以上が従軍し、現在も約2万人が防衛部隊に在籍していると推計されています。最近では経済的な理由からコロンビアなどの南米出身の元正規兵の参加も急増していますが、最戦線での死傷率は極めて高いのが実態です。
日本人義勇兵の状況:
日本政府はウクライナ全土に退避勧告を出していますが、侵攻初期には約70人の志願者がいたと報じられています。ウクライナ側での戦死者としては、2022年11月、東部戦線で戦死した20代の日本人男性(通称「ドブレ」、元陸上自衛隊員)が初の公式な戦死者として外務省に確認されました。彼は亡くなる直前、数日前に戦死した台湾人義勇兵・曽聖光氏の死を悼む投稿をSNSに残しており、その直後に自らも帰らぬ人となりました。
戦場がもたらす精神的破壊:
スレ主が語る「心がダメになった」という精神的な崩壊は、戦闘地域にいた多くのボランティアや兵士が直面する過酷な現実です。アメリカのデータ(ブラウン大学「Costs of War」プロジェクトなど)によれば、2001年の「対テロ戦争」開始以降に帰還した米兵の自殺者数は3万人を超え、実際の戦闘による戦死者(約7,000人)の4倍以上に達しています。戦場から生還した後の「心の闘い」こそが、最も過酷なもう一つの戦場と言えます。
母親はずっと泣いてたワイも泣いてた
いっつもワイが休憩してるところにとことこ歩いてくるチビッ子やったんや
その子が死んでからワイの心はダメになったんやと思う
抱いてあげろ
抱き締めたよ
うむ
助けるためだよ
治療できなくなってきたんや
そんで急遽ワイは帰国する胸を伝えてウクライナからポーランド
ポーランドから日本に帰国したんや
当時のワイと一緒に行った同期他国籍の外国人を含む、ワイ意外の全員がが死亡したと
他にもたくさんいたんやけど良く仲良くしてたのが韓国人のキムとアレックスやった
ちなみにアレックスはロシアとウクライナとフィリピンとアメリカのクォーターや
帰ったらみんなで日本に来いよ
ワイが観光案内するって約束してた
ちなみにキムは在日韓国人やった
本当に戦い抜けなくてごめん
一緒に連れて帰れなくてごめん
これからお前らの実家の両親たちにワイからどんな活躍をしたのか話にいくよ
イッチの想いは生きてなくては残せなかった
生きていてくれてありがとう
結局ワイの手元に残ったのは小さなノート一冊や
仲間の名前と住所が書いてあるノートこれひとつだけ
ずっと胸ポケットの内側に入れてたノートだけや
しょっぱいよ
またな
管理人まとめ:生還者の『しょっぱい』涙と戦場の傷痕
スレ主の「一人だけ生き残って食う飯は美味しいか?」という心ない問いに対する、「しょっぱいよ」という一言。この短い返答に、言葉にできないほどの後悔、罪悪感(サバイバーズ・ギルト)、そして亡くなった仲間たちへの哀悼がすべて詰まっているように感じられます。
私たちはニュースで「戦況」や「兵器の支援」といったマクロな数字を目にしがちですが、その現場で泥にまみれ、血を流し、精神をすり減らしているのは、スレ主のような生身の人間です。後方支援の衛生看護であっても、目の前で幼い命が失われ、さっきまで話していた仲間がミサイルで吹き飛ぶ日常は、日常と呼ぶにはあまりにも残酷すぎます。
スレ主が抱える「自分だけが生き残ってしまった」という激しい苦痛や、何を見ても焦点が合わなくなるような精神的解離は、まさに『1000ヤードの凝視』と呼ばれる戦闘ストレス反応そのものです。
※「1000ヤードの凝視」についての臨床的定義や、ベトナム、イラク、そしてウクライナ(ゼレンスキー大統領)に至るまでの歴史的な象徴写真については、当サイトの解説記事『1000ヤードの凝視ってなんやねんw — ゼレンスキーから歴代兵士まで「死んだ目」全部まとめた件』で詳しくまとめています。戦争が個人の心に何を残すのか、併せてぜひご一読ください。
生き残ったスレ主が、ポケットのノートに書かれた仲間の実家を訪ね、彼らの生きた証を届ける旅。その旅が、彼の傷ついた心を少しでも癒やす一助になることを願ってやみません。
出典・参考:
・ウクライナ軍外国人義勇兵部隊(領土防衛部隊外国人軍団など)従軍数・活動状況に関する報道より
・日本人外国人義勇兵戦死者(通称ドブレ氏)に関する外務省公表および報道より
・ブラウン大学「Costs of War」退役軍人自殺統計データより




コメント
ドブレさん、無事だったの??
ドブレさんが最初の公式の戦死者だと書いてあるだろ