ネットでの毛沢東は「中国建国の父」「20世紀最大の独裁者」——评価は割れるが、どこか遠い歴史上の人物として語られがちだ。
だが日本人こそ知っておくべき毛沢東の顔がある。彼は「日本軍に感謝する」と、何度も繰り返した男だった。数千万人を餓死させ、国を文革で壊し、そして今また習近平が範とする”紅い皇帝”——その正体を、エピソードでたどる。
- 失策「大躍進」で数千万人を餓死させながら、権力は手放さなかった
- 主治医が暴露した、腐敗しきった私生活(中国では発禁)
- 日本の政治家に「皇軍の力なしには権利を奪えなかった」と感謝していた
- その毛沢東の手法を、いま習近平が復活させている
数千万人を餓死させた「大躍進」

毛沢東は1893年生まれ。1921年に中国共産党の創立に関わり、長征と日中戦争を経て党の実権を握り、1949年に中華人民共和国の建国を宣言した。ここまではよく語られる”建国神話”だ。
だが指導者としての実績は凄惨だった。1958年から始めた農工業の大増産運動「大躍進」は、無謀な号令と現場の数字捏造が重なり、数千万人とも言われる餓死者を出す人類史上まれな大飢饉を招いた。
毛沢東は失政の責任を取る形で1959年に国家主席の座を劉少奇に譲ったが、党主席と軍の最高ポストは握ったまま。権力そのものは、決して手放さなかった。
国を10年壊した「文化大革命」

失脚しかけた毛沢東が、権力を取り戻すために起こしたのが文化大革命(1966〜)だ。
「修正主義と戦え」「階級闘争を続けろ」と号令をかけ、扇動された若者たち=紅衛兵が全国で暴れ回った。教師や知識人、党幹部までが「実権派」として吊るし上げられ、文化財は破壊され、社会は10年にわたって麻痺した。同時に、毛沢東への個人崇拝は神格化の域に達する。「毛主席語録」を掲げることが、命を守る護符になった時代だった。
主治医が暴いた、腐敗しきった私生活
神として崇められた男の素顔は、22年間そばで仕えた主治医が暴いた。
毛沢東の専属医だった李志綏(り・しすい)は、アメリカ移住後の1994年に回想録『毛沢東の私生活』を発表。そこには、神格化された指導者の退廃した私生活(とりわけ乱れた性生活)、終わりなき権力闘争、そしてプロパガンダの凄まじい運用ぶりが克明に記されていた。当然ながら、この本は中国国内では発禁になっている。
「日本軍に感謝する」と繰り返した男

そして、日本人が最も知っておくべきなのがこの逸話だ。毛沢東は、訪中した日本人に対して何度も「日本の侵略に感謝する」と述べていた。
1956年には元陸軍中将・遠藤三郎に「あなた方に感謝する。日本の侵略が、中国国民に団結を教えた」と語り、1961年には日本社会党の黒田寿男らに「日本軍が中国の大半を占領したからこそ、中国国民は学ぶことができた」と述べた。極めつけは1964年、社会党の佐々木更三委員長が侵略を謝罪した際の返答だ。
本音だった。日本軍の進攻で蒋介石の国民党軍が消耗し、その隙に共産党が勢力を伸ばして内戦に勝った——皮肉にも、日本の侵略こそが、毛沢東という”紅い皇帝”の誕生を手伝った。国共内戦で中共軍が使った兵器の多くが、日本軍が残した九七式戦車などだったという事実も、それを物語っている。
いま、習近平が「毛沢東」を範としている

毛沢東は1976年に死んだ。だが、彼は過去の人ではない。
その後の中国は、鄧小平が「集団指導」と「改革開放」で毛沢東の暴走を反省し、二度と一人の独裁者を生まないよう仕組みを作った。ところが現在の習近平は、その流れを逆回しにしている。国家主席の任期制限を撤廃して終身支配に道を開き、自らの思想を党規約に書き込み、個人崇拝を強めている——いずれも、毛沢東がやったことだ。
数千万人を餓死させた手法を、いま中国が再び肯定しようとしている。毛沢東を知ることは、過去の歴史ではなく、これからの中国を読むことでもある。
まとめ:屍と皮肉の上に立った「紅い皇帝」
数千万の餓死者、文革で壊された10年、主治医が暴いた腐敗、そして「日本軍に感謝する」という皮肉——。
毛沢東は「建国の父」という美名で語るには、あまりに多くの屍の上に立っている。そして彼が体現した「一人の絶対者が国を握る」という統治は、習近平の中国で静かに甦りつつある。遠い歴史だと油断していると、その続きが、今まさに隣の大国で書かれている。




コメント
毛沢庵は評価が分かれる
つまり習近平の最近の日本批判は毛沢東を否定している事のになるのか。おい、紅衛兵の出番だぞ。
読んで思ったけど
フツーに絶対信用しちゃいけないタイプの人間だよねwwww
今も昔も混乱した国や組織を統治する人物はサイコパスだね
統治できるとは限らないけど