香港返還(1997)——99年後に戻ってきた「借り物の街」

話題

1997年6月30日深夜、雨の降りしきる香港会議展覧センターでユニオンジャックが降ろされ、五星紅旗が掲げられた。156年続いた英国統治の終わりであり、中国への「返還」だ。だが厳密に言えば、香港島と九龍半島は1842年・1860年の条約で英国に「永久に」割譲されていた土地であり、法的に「返す」義務があったのは1898年に99年の期限付きで借りた新界(しんかい)だけだった。

それでも香港全体が丸ごと中国へ戻ったのは、新界抜きでは香港島も九龍も水一滴・食料一粒すら自給できない「切り離せない借り物の街」だったからだ。返還の起点は主権の話である以前に、99年前に結んだ一枚の土地契約だった。


スポンサーリンク

基本情報

項目 内容
中英共同声明の調印 1984年12月19日(趙紫陽首相とサッチャー首相)
新界の租借期限満了 1997年6月30日(1898年の租借条約から99年)
返還式典 1997年7月1日午前0時、香港会議展覧センター
統治の枠組み 一国二制度(資本主義・独自通貨・司法の独立を2047年まで50年保証)
初代行政長官 董建華(とう けんか)
最後の総督 クリス・パッテン

なぜ「永久割譲」の土地まで返す羽目になったのか

香港の統治は、実は性質の異なる3枚の条約でできていた。1842年の南京条約で香港島が、1860年の北京条約で九龍半島が、それぞれ「永久に」英国へ割譲された。ところが1898年の「北京条約追加条款(第二次北京条約)」で英国が手に入れた新界だけは違い、清朝から無償・99年間の「租借(そしゃく)」という期限付きの契約だった。

地域 条約 法的性質
香港島 1842年 南京条約 永久割譲
九龍半島 1860年 北京条約 永久割譲
新界(全体の9割以上の面積) 1898年 第二次北京条約 99年間の租借(1997年6月30日満了)

理屈の上では、香港島と九龍だけを英国領として残す選択肢もあった。だが新界には水源・農地・そして人口の大半が集中しており、香港島と九龍だけでは都市として自立できない。「返す義務があるのは新界だけ」という条約上の建前は、現実の地図の前ではほぼ意味を持たなかった。


鄧小平とサッチャーの交渉——「一国二制度」はここで生まれた

租借期限が近づいた1979年、香港総督マクリホースが北京を訪れ、地代・地権の先行きについて非公式に打診した。本格的な交渉が始まったのは1982年、フォークランド紛争を制したばかりのサッチャー首相が北京を訪問してからだ。サッチャーは英国による統治継続、あるいは「主権は中国・統治は英国」という折衷案を模索したが、鄧小平は一切譲らず、1997年の全面返還を明言した。

その代わりに鄧小平が提示したのが、資本主義の香港をそのまま50年間存続させるという「一国二制度」構想だった。もともとは台湾統一を見据えて練っていた案を、先に香港へ適用した形になる。

交渉の主な流れ
1979年:マクリホース総督、鄧小平に地権の先行きを非公式打診
1982年:サッチャー首相訪中、統治継続を模索するも鄧小平が拒否
1984年12月19日:中英共同声明に調印
1985年:共同声明を国連へ登録、批准書交換
1990年:香港基本法(憲法に相当)を全国人民代表大会で採択

1997年6月30日深夜——雨の返還式典

返還式典は香港の年間降雨記録に残るほどの豪雨の中で行われた。チャールズ皇太子、江沢民国家主席、ブレア英首相らが出席し、午前0時ちょうどにユニオンジャックが降ろされ、香港特別行政区の区旗が掲げられた。同時刻、人民解放軍の部隊が国境を越えて香港に進駐した。

156年間「借り物」を前提に回っていた都市が、条約の期限が来た瞬間、丸ごと返却された。永久割譲のはずだった香港島と九龍まで一緒に、だ。


鄧小平は、この日を見ていない

返還のわずか4カ月半前、1997年2月19日に鄧小平は死去した。かつて周囲には「1997年まで生きて、香港が中国の統治下に戻るのをこの目で見たい」と語っていたと伝えられている。だが実現しなかった。式典には代わりに妻の卓琳が出席し、鄧小平の長女は後年、「父は晩年、毎日香港の報告書を読んでいた。訪問はできなかったが、彼の車椅子が彼の代わりに香港へ来た」と語った。

人物 返還式典での立場
鄧小平 1997年2月19日に死去、出席できず
卓琳(鄧小平の妻) 鄧小平の代理として式典に出席
江沢民 国家主席として出席

まとめ

香港返還の出発点は、イデオロギーでも民族の悲願でもなく、99年前に結ばれた一枚の租借契約の満了日だった。「50年間は変えない」という一国二制度の約束も、同じように期限付きの契約として組まれている。2047年、その約束がどう扱われるかは、今の香港を見れば察しがつく者も多いだろう。


コメント

タイトルとURLをコピーしました