「俺は諦めない」と言い続けた男が、2024年7月21日に大統領選からの撤退を表明した。ジョー・バイデンの82年の人生は悲劇と復活の繰り返しで、その最後の幕引きもまた「押し出された」という形になった。
「認知症では?」という疑惑が報じられながら現職を続け、最終的に党内から降ろされた大統領として歴史に刻まれる一方、アメリカ政治史上最長の政治キャリアを持つ人物でもある。
- 29歳で上院議員に当選。1973年〜2009年まで36年間デラウェア州選出の上院議員を務めた
- 就任直後に妻と幼い娘を交通事故で失い、病院で上院議員就任宣誓をした
- 2015年、長男ボーをがんで亡くしたことが2016年の大統領選不出馬の主因とされる
- 2020年の勝利演説で引用したのはアイルランドの詩人シェイマス・ヒーニー——アイルランド系の誇りを生涯持ち続けた
29歳の最年少上院議員と、初日の悲劇

ジョセフ・ロビネット・バイデン・ジュニアは1942年11月20日、ペンシルベニア州スクラントンに生まれた。アイルランド・イタリア系のカトリック家庭で育ち、デラウェア大学・シラキュース大学ロースクールを経て弁護士に。1972年、29歳でデラウェア州選出の上院議員に当選した——当時の最年少記録だ。
しかし当選の喜びもつかの間、同年12月に妻・ネイリアと生後13か月の娘・ナオミが交通事故で死亡した。息子2人(ボーとハンター)は重傷。バイデンは息子たちの入院するベッドサイドで上院議員就任宣誓を行った。
1977年に現在の妻ジルと再婚。以後36年間、上院外交委員長などを務めながらデラウェア州の顔として政界に君臨した。1988年・2008年と大統領選への挑戦を試みるも、いずれも早期撤退している。
副大統領8年と長男ボーの死
2008年、オバマ大統領候補がバイデンを副大統領候補に指名した。外交経験の豊富さと「白人ワーキングクラスへの訴求力」が理由とされる。2009〜2017年、オバマ政権で2期8年を副大統領として務めた。
そして2015年5月、長男ボー・バイデンが脳腫瘍で死去。享年46歳。ボーはデラウェア州司法長官として将来が嘱望されており、バイデン家の次世代の希望だった。
2020年の奇跡の返り咲き——そして「認知症疑惑」

2020年大統領選、77歳のバイデンは「トランプを倒せる候補」として民主党の結集軸になり、8100万票以上という史上最多得票(当時)で当選。2021年1月20日に第46代大統領に就任した。
就任後の主な政策:
- インフレ削減法(IRA): 気候変動対策・医療費削減・増税を組み合わせた大型法案(2022年)
- インフラ投資法: 道路・橋・ブロードバンドへの1兆ドル超の投資(2021年)
- アフガニスタン撤退: 2021年8月のカブール陥落で大混乱。支持率が急落するきっかけに
- ウクライナ支援: ロシア侵攻後、欧米の対ウクライナ支援を主導
「認知機能の低下を側近が隠し続けていた」という報道が相次ぎ、「透明性の欠如」批判が今もくすぶる。
まとめ:悲劇と政治のあいだを50年走り続けた男
妻と娘の死、脳動脈瘤(1988年)、長男の死——悲劇を重ねながら政界に残り続け、79歳で史上最高齢の大統領になった。しかし最後は「老い」という最も残酷な現実に引き下ろされた。
IRAやインフラ法の評価は今後も変わるだろうが、「老いた政治家が降りるタイミングを自分で判断できなかった」という構造問題は、アメリカ政治の設計課題として残った。






コメント
トランプのウクライナはEUに軍備を増強させろという忠告を(バイデンJrのウクライナでの収賄で)うやむやにさせウクライナ戦争を起こさせた起点だし、米軍の計画を前倒しさせての撤退もアフガン滅亡の原因
バイデンJrのストリッパーとの間の子をDNA判定で実子と認められるまで拒否してきたし
末期には逮捕されたバイデンJrに恩赦も出している
家族は中国の投資会社でロシアのオルガリヒの融資を受けていたし
選挙時の得票にさえ共和党支持派側からは大きな疑惑しかもたれていない
途中から老害丸出しの男